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『剣遊記X』

第四章 山賊との遭遇。

     (5)

「なんじゃあ、あいつらぁ……?」

 

 茂みの影から、孝治たちを見張る目があり。

 

「親分……☛」

 

 その目が、もうひとりの目にささやいた。

 

 薄汚れたボロい服装の上から、獣(熊のようである)の毛皮を着込んだ男がふたり。森の木立ちに隠れてジッと息を潜め、孝治たちを見つめていた。

 

 実は彼らは洞窟に用があって、この場に立ち寄っていた。だがそこで、孝治たち一行を偶然に見つけ、急いで樹木の茂みへと、身を飛び込ませたわけ。

 

「いってえなんだと思いますべぇ? 大男と小男に、女が五人……ひとりは羽根があるけい、たぶん地元のバードマンだと思うんだどもぉ……

 

「子供もふたり混じっとるべ……ん? ちょっと待で☞」

 

 親分と呼ばれたほうの男の目線は、このとき一行の中で一番目立つ、頭が角刈りの大男に向いていた。しかもその顔は、いつかどこかで見たような。おぼろげな記憶に引っ掛かるモノがあった。

 

「あの大男ぉ……なんが見覚えがあるだぁ……のようなぁ……いや、あるだんべぇ!」

 

 親分の記憶回路が、正常に作動した。

 

忘れもしない。一年前、山賊矢守根一味を戦わずして降参させた、巨人{ジャイアント}としか思えない、超大柄な戦士の野郎であったからだ。

 

 そんな一年前の出来事を思い出した親分の名は成昆布{なりこぶ}。また、彼が魚町に対して因縁ありありな理由も、ある意味当然だった。なぜなら成昆布は、初代の親分である矢守根の弟だからだ。

 

 極道社会に限らず、世間一般でもよくある話。弟が兄の跡目を継いで、山賊の親分を襲名したわけである。

 

「間違えねえ! 去年、俺ど兄貴をメッタクソにしでくれで、ブタばこ{刑務所}に入れでくれだ大男だんべぇ!」

 

「ええっ! そうなんべ……うぷっ!」

 

「こらっ!」

 

 子分が驚いて大声を出しかけたので、親分――成昆布が慌てて口をふさいで止めた。両手でもって、ほとんど窒息寸前までに。

 

「馬っ鹿野郎ぉっ! 声さ出すんじゃねえべ! まぁず見づがったら、まだ捕まってしまうがね☠」

 

 自分自身が充分以上に大きめな声を棚に上げ、成昆布が子分を叱りつけた。

 

 彼自身、兄の矢守根といっしょに、刑務所に入れられはした。しかし山賊としては、まだまだ新米の身。その事情を考慮されてか、比較的軽い刑期で済み、先月出所をしたばかり。

 

 もちろん反省なんぞ、するわけがなし。それどころか、いまだ服役中である兄に代わって山賊の親分へと成り上がり、新たな仲間を引き連れて、赤城山へ舞い戻ったのだ。

 

 ところがここで、想定外の事態が起こったわけである。

 

「でもまさかぁ……恨み深いあの野郎までここに戻っで来とうとは、思いもせんかったべぇ♋」

 

「親分、あいつらどうしますんだがね☛ いっそ、この場でやっちまいましょうかのぉ?」

 

 成昆布が引き連れた新人山賊である子分は、魚町の恐ろしさを、まだ知らない様子でいた。

 

 だからこそ気がはやるのだろう。そんな子分を、成昆布が右手を前に出して引き止めた。

 

「まあ待つだ☻ ふたりだけじゃあ、なんもできねえべ☠」

 

 無論成昆布とて、一年前の恨みを晴らしたい。あのとき、魚町のあまりのデカさにあっさりと白旗を揚げた記憶が、今でも屈辱となって胸に刻み込まれているからだ。

 

 それこそ一日たりとも、忘れた日がないほどに。

 

 だが、今回は強力な味方がいる。

 

「今んところは見逃してやるべぇ♐ 俺は今から隠れ家さ帰っで、姐{あね}さんにこのことさ伝えるがら、おめえはやつらさ監視してるだよ✄ ええか♐」

 

「姐さんにですかい……へい☆ 承知しただに☻」

 

 うなずく子分を現場に残し、成昆布が一目散に茂みから駆け出した。


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