『剣遊記X』 第四章 山賊との遭遇。 (4) 「ここが去年、進一さぁが退治した山賊んたちが住んでた洞窟だんべぇ♠ 一年ぶりさに見たんだげんどぉ、あんときんまんまで残っでだんだなぁ♐」
赤城山の中腹あたり。静香が自分の自慢話のように一行を案内した洞窟は、崖の真下でかなり大きな口を開いていた。
別に無理をしてでも見ないといけない必然性はなかった。それでもわざわざ一行を洞窟まで案内した理由は、単に魚町の手柄を見せびらかしたかった――に尽きるだろう。
「ほらぁ! あそこさに転がっでる岩さも、去年進一さぁが山賊んたちん前で叩き割ったもんだべぇ! あんときんまんまから動かせねえほどの岩さ、真っぷたつにすたんだべぇ♪ やっぱり進一さぁは凄かんべぇ♡ 反対に山賊はみっとがながったなぁ♥ 簡単にビビッて、すぐ降参したんだがらねぇ✌」
「はぁ……そうなんけぇ……✄」
ひとりはしゃぎの静香に対し、孝治と裕志の返事は、もろに気が抜けていた。なぜなら曲がりなりにも、ふたりは魚町の後輩。先輩の武勇伝であれば、静香以上に知っているつもり。むしろ山賊退治など、初歩中の初歩と言えた。
昔、孝治は魚町の同伴で、遠征をした経験があった。そこで暴れん坊のミノタウロス{牛頭人}を、先輩が腕相撲で負かした現場を見たこともあるのだ。だけどもこの話を吹聴したら、静香がますます魚町に熱を上げる結果となるだろう。だから、あえて黙っておく。
ここで美奈子が、急につぶやいた。
「するとこの洞窟は、一年以上は空き家やったということでおますんやな✑ それにしても変どすなぁ……✍」
美奈子は洞窟の内部を、つぶさに調べていた。それがなにかに気づいたらしかった。
「山賊がおらんようなったにしては、この焚き火の跡なんぞは、明らかに新しいものどすえ☟ どう見たかて、きのう火を燃やしたような感じでおますんさかいに☝」
「師匠の言わはるとおりや★ コゲた臭いがプンプンしよるで☚」
千秋も鼻をクンクンさせながら、美奈子に同意した。
「じゃ、じゃあ……まだ山賊がおるとですか?」
この程度の状況証拠で、早くも裕志が震えだした。やっぱり情けない。
もちろん美奈子の指摘に、静香が猛然と噛みついた。
「ちょっどぉ! それって進一さぁの手柄にケチさつけるつもりなん!」
「うちは別に、そのようなつもりはございませんえ☻」
対する美奈子はいつものとおり。澄ました顔で応じるだけ。
「確かに焚き火の跡ぐらい、目くじら立てることやおまへんのやで♪ まあ、たとえ火の周りに獣を解体して焼いて食べた跡がおましても、それが山賊の仕業とは限りまへん♦ 料理方法がかなり粗雑なようでもおますけど、うちといたしましては、ただ参考までに述べさせていただいたまででおますんえ✍」
「ふぅ〜〜ん☹」
美奈子の長いセリフが気になって、孝治も焚き火の跡を、その辺で拾った木の棒でつついてみた。
言葉どおり、確かに焚き火があったからと言って、それが山賊のいる証拠とは決められない。しかし周りに散乱している骨のカケラや毛玉(鹿やイノシシなどが混ぜこぜ)などの食い散らし方が、ここで食事をした者たちの、言わば粗暴さを感じさせるのだ。
「ふつうの登山者やったら、弁当くらいは持ってくはずっちゃねぇ☞」
友美もどうやら、美奈子の考えに同調しているようだった。
「そうっちゃねぇ♣ とにかく……☢」
孝治は友美に応えた。
「いろいろ愚痴ば言うたけど、おれが来て……もしかして良かったんかもしれんばい♥ もっとも本当に山賊がおったとしても、先輩ひとりで片付けっしまうやろうけどね♢」 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |