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『剣遊記X』

第四章 山賊との遭遇。

     (3)

 本心ではそのように考えても、やはり先輩からの直々の頼みである。これは絶対に断れない性質のものなのだ。孝治は胸の内に溜まっているもやもや感を無理矢理的に封じ込め、赤城山登山に、先輩のお伴で同行する決意を固めた。

 

(やっぱ、おれが行かないけんばい✍✍

 

 いつものとおり、孝治の右隣りには友美がいて、涼子が頭上にて、ふわふわと浮遊でついてくる。そのまた後続で、裕志と――小心魔術師を取り合い中である美奈子、由香の三人連れ。でもって千秋と千夏が、ちょこちょことあとを追うかたちになっていた。

 

 なお、合いの子ロバであるトラは、きょうは村にて留守番中。その出自はすでに、村人に説明済みである。

 

 そんな火花が飛び交う状況を気分転換するつもりか。それとも、この場の冷たい空気を、無理にでもやわらげる気なのか。裕志が時々ギターを奏で、得意の歌を披露した。

 

 しかしそれでも、美奈子と由香が、雪解けをするわけではなかった。それどころか、聴かせてもあまり意味のなさそうな千夏が、裕志のギターを気に入る始末。

 

「裕志くぅん♡ とってもぉとってもぉ、ギターさんお上手さんですうぅぅぅ♡ もっとぉ千夏ちゃんにぃ歌ってほしいですうぅぅぅ♡」

 

「う……うん、いいよ♠☁」

 

 などと無理矢理にせがまれ、とうとう登山の間に爪が割れるまで、ギターを弾かされる破目となる(泣きながら友美から治癒魔術を受けたけど)。

 

 こんな調子で、先頭は魚町と静香のふたりが受け持っていた。孝治はふたりの幸せそうな後ろ姿――見ようによっては大人と幼児のような両者の背中――を見比べながら、冒頭からの愚痴を再開させた。

 

「山賊もおらんし怪物もいねえっちゅうとやったら、やっぱあんふたりだけで登ればよかっちゃよねぇ〜〜♐」

 

 昨年、魚町が山賊一味を完全に降参させたあとの話。安全になった赤城山は村人だけではなく、一般の旅人や登山客にも開放されていた。

 

 そもそも、山賊がのさばっていた間は中断状態になっていたという、村に伝わる試練とやらが問題。よく話を聞いてみれば、結婚する新郎新婦を祝う祝賀行事ではなく、単に成人に行なわれる儀式のひとつらしいのだ。

 

 それがたまたまの成り行きで、魚町と静香に振り向けられただけのよう。

 

しかし村長からの、直々のお墨付き。

 

「村のモンが手助けすんのは相成らねえが、そうでねえモンの付き添いはかまわねえだんべ☀ 村の決まりでそうなっでんだがらなぁ☆」

 

 これにて魚町は、なんの遠慮もなし。孝治ら後輩たちを同行させる理由ができたってわけ。

 

「ほんとは知ってるっちゃよね♪ 先輩、ひとりだけやと静香ちゃんとどげん過ごしてええかわからんもんやけ、おれたちまで引っ張り込んだっちゅうことをやね♐」

 

「それって先輩の前じゃ、言わんほうがええっちゃよ♠」

 

「わかっちょるって✌ 先輩のプライドに傷ば付ける真似だけは、断じてせんけ✌」

 

 友美の小声による忠告に、孝治は深くうなずいた。


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