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『剣遊記X』

第四章 山賊との遭遇。

     (2)

「待たせたっちゃねぇ……おっ? 孝治はなんしよんね?」

 

 幽霊――涼子が見えない魚町は、なにもない空間に飛びかかろうとしている孝治を、一瞬だろうけど変に思ったようだ。それを友美が止めようとしている場面まで、なんだか誤解の元となっている感じになっていた。

 

「うわっち! や、やあ! 先輩、どうも待っちょりました☢」

 

 孝治は慌てて、体勢を立て直した。それから苦しまぎれの愛想笑いで、巨漢の先輩を改めて迎え直した。

 

「先輩……おはようございます☀」

 

 言葉づかいは丁寧であるが、恐らくは友美も、孝治と同じ心境であろう。

 

「あ、ああ……と、とにかく待たせて悪かったっちゃね☁」

 

 魚町の態度は、孝治をなんだか変わったやつとでも言いたげ。急な性転換以来、変な後輩になったとでも思っているのだろうか。

 

それでもなんとか、気を取り直したらしい。コホンと咳払いをひとつしてから、ひと言。

 

「今やっと、村長から赤城山の説明ば聞き終わったところやけ♠」

 

「あん♡ 村長だなんて、他人行儀に言っちゃやだぁ♡ ちゃんとお父さんって言うてほしいだよぉ♡」

 

「そ、そげん言うたかてぇ……☃」

 

 右手の甲を静香からつねられ(ただし甲の面積が大き過ぎるので、両手で思いっきり力💪を入れていた💪)、魚町の巨顔が、たちまち真っ赤となった。余談だけれど、魚町の顔に微動だの変化もなし。痛みをまったく感じていないようだ。

 

「とにかくあたしが山さ案内しであげるからぁ、みんな道さ迷うことながんべぇ♡☆」

 

 などと自信満々に断言。魚町の大きな右腕にしがみつく静香が、本当に幸せそうに見えてくる。それでも孝治は、魚町と静香のあまりにも常識からかけ離れた体格差に、口には出せない疑問をつぶやいた。

 

(……ほんなこつ魚町先輩と静香ちゃんっち、結婚できるとやろっか? 言うたらなんやけど、夜の営みなんかやったら、体が押し潰されそうばい☠)

 

 孝治のそんな思いなど、まったく関係なし。やはり静香は自信満々だった。

 

「山ったって、大したことながんべぇ☆ あたしなんが子供んころからかくねんぼ(群馬弁で『かくれんぼ』)しながら、よう頂上まで飛んでったもんだがらぁ♡」

 

「そりゃあんたは羽根があるからやろうも✈」

 

 なんだか飛べない人間を馬鹿にしているような、静香の言い草。孝治はだんだんと、ムカっ腹が立ってきた。その横から裕志がひょいと顔を出し、魚町を見上げながら尋ねていた。

 

「先輩……ぼくからもちょっと、よかですか?」

 

 魚町が顔を下に向けた。

 

「ん? なんね☟」

 

「山登りはいいとですけどぉ……ふつうこげな山奥って、そのぉ……山賊なんかがいませんかねぇ?」

 

 質問をしている裕志の両足が、孝治には心なしか、ブルブルと震えているように見えた。

 

 しかし、それも一理のある話。日本の深山の奥地は大抵、真面目に生きる努力を放棄した、言わば無法者たちの溜まり場であるからだ。

 

 裕志もけっこう経験豊富な旅人暮らしで、そのような現実が骨身に沁み付いているのだろう。

 

 そんな小心魔術師の不安を見透かしたかのように、さっそく美奈子がしゃしゃり出た。

 

「山賊どすか? そないなもん大したことやおまへんで☀ まあ仮に出てきはったとしましても、すぐにうちらが攻撃魔術で撃退しますさかい、どうがご安心しはってけっこうどすえ☆ 由緒ある牧山家の跡取りには、ほんのわずかでも指一本触れさせませんさかい♡ ほほほほほっ♡♡」

 

 攻撃魔術自体ならば、裕志自身も一応は使えるはず。しかしそんな事実など、全然お構いなし。美奈子が自分の売り込みに熱中していた。

 

 これには当然、由香も黙ってはいなかった。

 

「あ、あたしかて、裕志さんば守ってあげるっちゃよ! あたしと裕志さんの仲は、伊達じゃあなかっちゃけね!」

 

「ほほっ♡ それではいったいどのようにしはって、お守りしはるつもりどすえ?」

 

「あ、あたしやったらぁ……☁」

 

 厭味丸出しな美奈子の問いに、由香はやや、口ごもり気味。それでも健気に、反抗姿勢を貫いた。

 

「……み、水ん術でぇ……山賊さんたちにぶっかけてぇ……☢」

 

「せいぜい、山賊はんたちをずぶ濡れにさせはって、見事風邪でも引かせて差し上げるんどすな♥ そんときはまあ、お手並み拝見とさせていただきますえ♪」

 

「そんだけやなかばい! あたしはぁーーっ!」

 

「ま、まあまあ、気持ちはわかるとやけど、ここはいったん我慢してやねぇ♠」

 

 けっきょく美奈子の高笑いを加速させただけ。ハンカチを噛んで泣きつく由香に、裕志が一生懸命、慰めの言葉をかけていた。

 

 このややこしい三角関係は脇に置く。それより孝治も裕志と同じ質問を、魚町に尋ねてみた。

 

「それで先輩、どげなもんですか? ほんなこつ山賊がおるとでしょうか?」

 

「ああ、それは……💪

 

 もし本当にいるとすれば、これこそ護衛戦士である孝治の出番。それともちろん、魚町も職業戦士。これぞふたりの戦士にとって、本領発揮の場といったところか。

 

 しかし――であった。

 

「山賊なら、もういねえだに☆」

 

 魚町が孝治に答えようとする前に、静香が明快に断言してくれた。

 

「いねえって?」

 

「それって、ほんなこつ?」

 

 孝治と裕志のふたりそろって、静香に顔を向けた。

 

「ええ、そもそも進一さぁとあたしの出会いは、ととどんが出した山賊退治の依頼さに、進一さぁが応じてくれたことから始まっだんだがらぁ♡ そんで進一さぁが一年前に見事山賊をみんなやっつけてくれだんが、あたしが進一さぁを好きになっだ理由なわけだがね♡ わがる?」

 

「いや……そげなおのろけやのうて……♨」

 

 静香は相も変わらず、訊いてもいない、なりそめ話の御披露ばかり。そんな静香に孝治はもう、タジタジ気味の思いとなっていた。

 

「そ、そげん言うたら確かに一年前、山賊はみんな降伏したっちゃねぇ……♠」

 

 ついでに魚町までが、今さらながらにおのれの武勇伝を思い出しているようだった。しかしこれでは、孝治の立場などまるでなし。もはやため息の気分だった。

 

(……やったら、おれがいっしょに山まで行く意味なかろうも♨)


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