『剣遊記X』 第四章 山賊との遭遇。 (1) 『それんしても不思議っちゃねぇ〜〜☁』
山登りの準備――とは言っても、そこはふだんと変わらない旅の軽装革鎧姿なのだが――を終え、孝治は村の入り口で待機中。もちろん孝治の両隣りには、友美と涼子も顔をそろえていた。
孝治たちを待たせている者は、今回の主役――魚町先輩と許嫁の静香であった。
そんな感じで、ややジレている孝治に、涼子がそっと話しかけてきた。それが冒頭のセリフである。
「なんが不思議ね♨」
孝治は目線を村の中心方向に向けたまま、ぶっきらぼうな口調で応えた。涼子は孝治のそのような態度など、まるで気にしない感じ。むしろ興味深げな顔付きでいた。
『孝治と裕志くん、きのうは半日以上も裸で山ん中歩きよったとでしょ♐』
「…………♋」
恥ずかしい記憶であった。しかしここはもう、顔を赤らめても居直るしかないだろう。
「……そ、そんとおりばい! それがどげんかしたとや♨」
『ふたりともくしゃみはしたとやけど、風邪までは引かんかったねぇ☛ ねえ、なしてぇ?』
「…………☠⛔」
孝治は涼子の疑問に答えられなかった。これだけは質問の当事者である涼子どころか、孝治自身も納得できる合理的理由が、どうしても思い浮かばないのだ。
そこへすかさず、友美が援護をしてくれた。
「そ、そりゃきのうはけっこうあったかい日やったからでしょ☀」
友美の機転には、きょうも感謝をしたいところ。しかし今回は正直、あまりうまくない。果たしてこれで納得できる人が(幽霊も含めて)、この世とあの世に存在するであろうか。
『ほんなこつ、そげんやろっか?』
案の定、いまだ不思議丸出しの表情である涼子が見つめる先には、これから山登りでもギターを欠かさない、魔術師の裕志がいた。
裕志も同じ村の入り口で、孝治といっしょに魚町先輩を待ち続けていた。しかし魔術師を真ん中に置いて、両側から美奈子と由香が、今も引っ張り合いこを続行中であった。
それも相変わらずの険悪な様相。だけど今のところは、このふたりについては語るまい。
『あの虚弱体質の権化みたいな裕志くんまで、今回に限って異常なしなんやけねぇ……あたし、とっても不思議なんやけ☁』
涼子にとっての裕志とは、少し無理をすればたちまち発熱するほどの、ひ弱な印象しかないのだろう。それがきのうは、孝治といっしょに山中をさまよう無茶を犯しながら、今朝はもうピンピンとしているのだ。
恐らくこの事態は、涼子が初めて拝見をする、裕志の意外な強靭さなのかもしれない。
『なんとかは風邪ば引かんっち言うとやけどぉ……孝治ん場合は納得できるっちゃけどぉ……裕志くんまでそげなんやったなんち、あたし認識変えないけんばい☠』
「つまりぃ……そりゃどげん意味ね!」
『きゃん♡ そんまんまの意味ってことばい♡』
「まあ、孝治も落ち着きんしゃい☆ 涼子もおもしろかこつ、言い過ぎっちゃよ★ それよか先輩が来たっちゃね☝」
孝治は思わず立腹。涼子に喰ってかかろうとした。それを友美がなだめてくれたときになってようやく、魚町が静香を伴って現われた。
それも魚町独特の、厚めの牛革に鋼鉄を仕込んだ混成鎧を着用した、物凄く勇ましい格好で。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |