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『剣遊記X』

第四章 山賊との遭遇。

     (17)

「可奈姐さん……まぁず面目ねえ☁ ほんとにみっとがねえだよなぁ☃」

 

 縛られたままでも可奈に愛想笑いを浮かべられるところが、成昆布もなかなかにしたたかといえそうだ。

 

「ここにも女魔術師けぇ……名前は可奈ねぇ……♠♣」

 

 孝治は小声で、ボソッとつぶやいた。どうも美奈子と付き合い始めて以来、女性魔術師はどうも苦手気味になっていた。

 

「さてと……♐」

 

 そんな孝治など関係なし。さらに成昆布さえもほっておいて、可奈が切れ長の瞳を、社の前にいる美奈子や孝治たちにギロリと向けた。

 

「うわっち!」

 

 孝治は心臓がドキッとした。

 

 しかし頼りの美奈子は現在、孝治と魚町によって、体を支えられている状態。それも頭から血を流して、今や立つのもやっとの有様でいた。

 

「魔術師のひとりは使えんようにしたずらねぇ♥」

 

 可奈が不敵そうな笑みを浮かべ、くるりと目線を変えた。その先には裕志がいた。さらに唯一残った魔術師に、自分の両手の手の平を差し向けた。

 

「もうひとりはあたしが片付けるだら♪」

 

「どきっ!」

 

 今度は裕志が、自分の心臓の鼓動が高まった様子を、そのままセリフで表現した。なぜなら裕志も熟知しているであろう。可奈が今から行なおうとしている魔術の体勢。それは例の『もの』に他ならないからだ。

 

「火炎弾っ! はあっ!」

 

 気合いの入った掛け声と同時。人頭大の炎の塊が、可奈の手から発射された。しかも高速で飛んで来る火の玉に、足がすくんでいるであろう裕志が、逃げられようはずもなかった。

 

「危なかあーーっ!」

 

 刹那! 火事場の馬鹿力と表現するしかないほどの瞬発力で、由香が裕志の前に躍り出た。それも両手を左右に広げて立ちふさがり、完全に自分の全身を使って裕志を庇う体勢。

 

 バアアアアアアアアアアアアアアッッッと、激しい水蒸気爆発が発生した。同時に由香の体が、四分五裂に吹っ飛んだ。着ていた革鎧の破片といっしょに、体が水となって周りに飛散したのだ。

 

 その水がバシャバシャバシャバシャと、裕志の周囲に雨となって降り注いだ。

 

「由香ぁーーっ!」

 

 裕志の絶叫が、山頂に木霊となって響き渡った。

 

「……うわぁ! ビックリしたずらぁ〜〜☁☠」

 

 おまけにこの出来事は、術を仕掛けた可奈をも驚愕させていた。

 

「……おいだれの仲間に、ウンディーネ{水の精霊}もおっただらねぇ〜〜☛」

 

 だがすぐに、表情は冷たい笑みへと戻った。

 

「だったら安心ずら♥ ウンディーネがこんくらいで死ぬようなへぼいもんじゃないってこと、あたしだって知ってるずらよ♥ それより、あっこの魔術師さたるくそうしたほうが収穫ずらねぇ♡」

 

 口調も早や、元の冷徹な言いっぷり。だけど確かに、裕志は散らばっている由香の水たまりにすがって、わんわんと泣きわめくばかり。

 

 しばしの時間が経てば、由香も意識を取り戻して復活するであろう。しかしそれまでは、裕志の魔術での援護は、まったく期待できない状況だった。


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