前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記X』

第四章 山賊との遭遇。

     (16)

 霧島のときよりも少し時間がかかった理由は、鍵の構造がかなり複雑だったかららしい――と、あとで教えてくれた美奈子の談。

 

「うっわあああああい♡ 美奈子ちゃんのぉ魔術さぁん、いっつもぉいっつもぉすぅっごいさんですうぅぅぅ♡」

 

「おほほっ♡ これくらい、朝飯前の夜食前というものどすえ♡♡」

 

 全員で感心して美奈子を見つめている中、千夏ひとりが、完全なる突出の様相。盛大な拍手を師匠に送っていた。それに応えて、美奈子が満面の微笑み(少々訳わからん)を、愛弟子に返したときだった。天才魔術師に、大きな隙ができていた。

 

「くあーーっ!」

 

「きゃあーーっ!」

 

 突然、社の屋根からバサバサバサバサッと、大型のカラスが舞い降りた。しかもそれが、扉の前にいる美奈子に奇襲をかけたのだ。

 

「な、なんどすえ、これってえ!」

 

 さすがの美奈子も、いきなりであるカラスの攻撃には、まったくもって為すすべなし。とにかくカラスのくちばしを避け、頭と顔を両手で庇いながら、その場でしゃがみ込む姿勢が精いっぱい。カラスはそんな美奈子に容赦を見せず、波状攻撃のようにくちばしでバシバシとつつき続けた。

 

「ああん! 美奈子ちゃああああん!」

 

 千夏が今度は、高い悲鳴を上げた。それも無理はなし。

 

「うわっち!」

 

 孝治の瞳にも美奈子の額を流れる、赤い血が見えたからだ。

 

「師匠っ!」

 

 続いて千秋が叫び、猛ダッシュで背後からカラスに飛びかかった。その右手に今までいったい、どのように隠していたのか。短い小刀を構えていた。

 

「いかん!」

 

「美奈子さぁーーん!」

 

 魚町と孝治もまた、それぞれ斧と剣を構えて、美奈子の元に駆けつけた。

 

 大ガラスが何者なのかはわからなかった。だが人――それも女性への襲撃など、悪意を持っての行動は明白である。

 

「この野郎ぉーーっ!」

 

 ところが魚町が斧を振り下ろそうとした寸前だった。カラスが素早く美奈子から飛び離れ、今度は千夏を攻撃の矛先とした。

 

「きゃあああん! 千夏ちゃん、カラスさん嫌いさんですうぅぅぅ!」

 

「千夏ぅーーっ!」

 

 美奈子を助け上げようとした千秋が、続いて起こった妹の災厄に、再び小刀を構えて飛びかかった――と、次の瞬間驚くべき事態が発生した。

 

「てめえらあ! 武器さ捨てろぉ!」

 

「うわっち!」

 

 これには孝治も度肝を抜かれた。それはカラスが人語をしゃべった――わけではない。一瞬にしてその黒い姿を、パッと人間の男性に変えたからだ。

 

 よけいな描写ではあるが、当然男は真っ裸。

 

「……カ、カラスが、人になったばい……☢」

 

「しかも……ちっちゃかぁ〜〜☞」

 

 裕志と由香が、呆然とした顔でささやいた。

 

「ほっとけ!」

 

 顔を赤らめて、カラスだった男が裕志と由香に怒鳴り返した。だが現実として、事態は最悪。それは真っ裸で凶器を持っていない代わりに、男が両手で千夏の首を絞め上げようとしているからだ。

 

「おお、無蚊寅ぁ! いいとこに来てくれただのぉ♪」

 

 現在捕らわれの身となっている成昆布が、カラス男の名を呼んだ。

 

「親分! 助けに来やしただにぃ♥」

 

 ここは悪役の側の、感動的逆転場面といったところであろう。だがすぐに、新手の大御所が参上した。

 

「やいやい、たるくさいずらねぇ☠ これから名を売るつもりの山賊大親分がこの体たらくじゃ、ほんとに先が思いやられるずらよ☢」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system