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『剣遊記X』

第四章 山賊との遭遇。

     (13)

「なるほどぉ、言われたとおりっちゃねぇ☞」

 

 今の声は、空中に持ち上げられた斧男よりも、さらに頭上から聞こえていた。

 

「げっ! 出だあ!」

 

 一人前の大人を、左腕一本で軽々と持ち上げた者。しかも山賊どもが追い駆けていた少女ふたりがその巨体――いやいや両足のうしろにさっと隠れたら、完全にその姿が隠れてしまうほど。まさに大木がそびえているようにしか見えないぐらいである巨体の持ち主。

 

「げげえっ! 貴様はぁ!」

 

 成昆布親分を始め、千秋・千夏の姉妹を追い駆けていた山賊一味の動きが、一気に停止。硬直化した。

 

 もちろんその角刈り巨漢は、山賊新親分が知っている顔だった。また大男のほうも、成昆布を覚えていた。

 

「一年ぶりっちゃねぇ☛ おまえの名前ばよう知らんとやけど、顔は記憶に残っちょうけね☎ とにかく意外に早よう、刑務所からシャバに出られたもんやねぇ☻」

 

 魚町、成昆布両名共に、お互いの氏名など、知るよしもなし。だが、記憶の印象は鮮明。成昆布が強力戦士の角刈り頭を脳味噌に焼き付ける破目となった理由は、それはそれで当然の成り行きであろう。一年前、あれほど無残な敗北を、強いられた身であるからだ。しかし魚町のほうも、けっこう記憶力が抜群といえるのかも。

 

 ふつう、勝ったほうは敗者の顔など、いちいち覚えてはいないのが通例。それに前親分の弟とはいえ、一年前の成昆布など、ぺーぺーの三下以下であったのだから。

 

「先輩、こいつらが赤城山に新しゅう住み着いた山賊らしかですね☚」

 

 魚町のドデカい両足のうしろから、女戦士(本人複雑気分)――孝治を先頭にして、一行がぞろぞろと顔を出す。ただし孝治たちは、別に隠れていたわけではなかった。これは魚町がデカ過ぎて、成昆布の側からは、ひとりも見えていなかった――だけの話なのだ。

 

 まあ、そのような話は棚に上げておく。それよりも驚き慄{おのの}く山賊一味を前にして、孝治一行が全員集合したわけである。


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