『剣遊記X』 第四章 山賊との遭遇。 (12) 山頂に突然であった。
ピュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッと、鳥笛が鳴り響いた。
笛を吹いた者は、成昆布の横に控えていた、頭にタオル巻きの山賊。とたんに赤城山頂のあちらこちらから、むさい顔をしたヤローどもの集団が飛び出した。
「おりゃああああああああああっ!」
笛は山賊どもが打ち合わせをした、攻撃開始の合図だったのだ。
本来、巨漢戦士――魚町の一行全員が山頂に到着。そこで油断しているところに、襲撃をかけるつもりでいた。
ところが予定外である子供の出現。
しかしこうなってはもはや、一切のためらいなし。誰の足も止まらなかった。
もともと血の気が多くて、単細胞の集まりである。初めっからジッと我慢など、できようはずがないのだ。
「そこんガキぃーーっ! おとなしゅうするべぇーーっ!」
成昆布が吼えた。それでもさすがに、いたいけな幼児(?)に手をかける乱暴狼藉は、わずかに残っている良心に痛みが走るもの。従ってここは、人質が妥当な利用法といったところか。
問題は、成昆布の頭にその後の方策が、まったく思い描かれていない面にあった。子供を捕まえて人質とし、はて? これからどうするべぇ?
おまけにその子供の逃げ足が、速いこと速いこと。
「あんれえぇぇぇ? 山賊さんたちがぁ、出ちゃいましたですうぅぅぅ♡」
「あっ! この野郎ぉ!」
「待つだにぃ! こんガキぃ!」
ひとひねりに捕まえようと悪戦苦闘する山賊どもの足元を、それこそチョロチョロチョロチョロと駆け回り、見事に翻弄してくれた。おかげで追っ手のほうは、指一本触れられない有様となった。
「ああん♡ 怖いですうぅぅぅ♡ 助けてですうぅぅぅ♡ きゃっ♡ きゃっ♡」
しかもこれで、恐怖の悲鳴を上げているつもりらしい。一見幼き娘の表情には、満面の笑みが全開中。これでは追い駆けている山賊どもを、完全に小馬鹿にしている態度としか思えない。
「てめえーーっ!」
ついに頭の血管がブチ切れたのだろうか。熊の毛皮を着たハゲ頭に黒ヒゲの男が、大きく山刀を振りかざした。もう相手が子供であろうと容赦なく、ここらで一発、きつい脅しをかける気のようだ。
「ちったあ、おとなしゅうせんかぁーーっ!」
「きゃああああああ、ですうぅぅぅ♡」
茶色い髪の女の子、危機一髪! 悲鳴を上げて、その場にしゃがみ込む。だが黒ヒゲ男は、山刀を振り下ろせなかった。
「千夏になにさらすんやぁーーっ!」
今度は野伏風衣装の少女が、突然現われた。しかも凄まじい勢いでの右足飛び蹴りを、ゲボッと黒ヒゲ男の右ほっぺたにお見舞いしてやった。
「ぎゃぎいーーっ!」
折れた歯のカケラを撒き散らしながら、黒ヒゲ男が一気に、五メートルも後方へと吹っ飛んだ。
野伏風少女はすぐに、先の幼児(?)を抱き起した。幼児がニコリと微笑んだ。
「千夏、大丈夫や!」
「千秋ちゃん、カッコよかったですうぅぅぅ♡ 悪人さん、バタンキューさんですうぅぅぅ♡」
同じ顔のふたりが、ニッコリと微笑み合った。しかしそのうしろからは、今度は頭を赤い布で巻いた男が、右手に斧を構えて忍び寄っていた。
「こんガキどもぉーーっ!」
奇襲を狙ったつもりだろうが、そうはいかなかった。
「痛でででででででっ!」
斧を握った右手がガシッと、何者かから逆に握り締められたのだ。
さらにそのままぐぐぐっと、空中高く持ち上げられてしまった。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |