『剣遊記X』 第四章 山賊との遭遇。 (10) 可奈と成昆布一味が、赤城山の山頂に集結――とは言っても、赤城山の標高は、気安く登山ができるような、生半可な高さではない。それなのに、敵である魚町一行が観光気分でのんびりと登っているのを絶好のチャンスとし、自分たちは先回りとばかり、駆け足登山を強行したのだ。しかも雲よりも高い山頂を目指した無謀ぶりだから、山賊全員、酸素欠乏状態。早くも息切れ気味の有様となっていた。
「ひ……ひいか……ほほさしゃい後の決しぇん場にひゅるひゃんべぇ……♋」
子分たちに号令をかける成昆布も、もろ青色吐息の様相。酸素の薄い高山で、全力疾走を強いられたのだ。これも当然といえば当然かも。この有様の中で元気満々な態度を貫いている者は、魔術師の可奈だけだった。
「だっらしないし、へぼいずらねぇ〜〜☠ しんのい顔して、それで日本一の山賊を目指す気だけ?」
自分自身は山賊たちがかつぐ大名駕籠に乗って、ちゃっかりと楽チンの身。そんな可奈が、偉そうな顔で成昆布たちを眺め回した。
成昆布が自分の右横に立つそんな可奈に向け、精いっぱいの口答えを返した。
「ほ、ほりゃ、姐さんはひいですよぉ……へも駕籠さかつがしゃれだ俺だぢはもう……ボロボロひゃんへぇ……☁☂」
「おんじょう言うんじゃないずら! あたしはか弱い女なんだにぃ、これくらい大事にするんは当たり前だら!」
「ひぇ、ひえい! お、おっしゃるひょおりだにぃ!」
可奈が成昆布を、簡単に一喝で黙らせた。それから山頂に建てられている社{やしろ}のような木造建築物に、瞳を向け直した。
「これずらね☀ 近いうちにここまで来るつもりやっただら……まさかこんな成り行きで来ることになるなんて、思いもよらんかったずら✌」
「姐さん、こではいっでえ、なんの建物ですかいのぉ?」
赤城山を根城にしておきながら、実はきょうのきょうまで成昆布は、一回も山頂まで登ったことがなかった。
従って、無知を丸出し。うしろからそっと、可奈に尋ねた。すると可奈は、くすりと微笑んでから答えてくれた。これは先ほどの一喝とは大違い。意外に柔和そうな笑みだった。
「あたしの夢を叶えるだめの財宝が、こん中にあるはずだら✌ 将来、あたしがその野望を達成した暁にはぁ、そんときはあんたを世界一のでえじんにしてやるずらよ♡」
「ほ、ほんとですかい! なんだがようわがんねえげんど、そりゃうれしい話だべぇ!」
本当に、まるでわかっていない成昆布であった。しかしこれこそ可奈にとっては、打ってつけの人材。要するに、自分がかついで意のままに操るつもりでいる大将の頭は、思いっきりに空っぽなほうが好都合。神輿{みこし}は軽ければ軽いほど有り難いってわけ。
「そんなわけずら♐ きょうはその前祝いに、戦士どもの血祭りと行くずらよぉ! それが済んでから、ゆっくり宝探しするだらぁ!」
「へい! 姐さん!」
可奈がきょうまで胸に秘めていたらしい、野望の一角の初公表。おかげで山賊たちの士気が、嫌が上でも盛り上がる。
一味の実権は事実上、女魔術師――可奈がしっかりと握っていた。しかし、それはそれで仕方がないだろう。問題はその状況にすっかり順応している成昆布の、哀れな親分ぶりのほうにありそうだ。
「あらぁ? 無蚊寅が帰ってきたずらぁ☞」
このとき可奈が空を見上げると、例の無蚊寅変身中であるカラスが飛んでくるところ。無蚊寅はいったん隠れ家へと戻り、可奈たちに魚町一行の状況を報告。それから再びカラスに変じて、空からの偵察を続行していた。
「さっ、やつらがどこまで近づいてるか、さっそくうかがうずらかねぇ☊☋」
来たるべき決戦が間近い雰囲気を悟り、可奈の(けっこう大きい)胸も、なんだかワクワクとした高揚感で満ちあふれていた。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |