『剣遊記X』 第三章 旅は三角関係と共に。 (9) 静香の羽根付き後ろ姿(もち裸)を眺めながら、友美は自分の故郷の風景を思い浮かべていた。
緑と炭鉱に囲まれた、筑豊の山々を。
改めて思い起こせば、もう何年も帰ってないっちゃねぇ――そんな気がした。
いつか暇ばいただいて、ゆっくり里帰りでもしてみよっかねぇ――と。
『初めて見たときは、いっちょもそげな感じやなかったとやけど、意外に純朴そうやねぇ☚ 静香ちゃんって✍』
「ええ、そうやね☆」
いつの間にか望郷の思いにかられていた友美へ、今度は涼子が話しかけてきた。
言うまでもないが、涼子も初めっから、友美たちといっしょに温泉を堪能していた。しかし実際、幽霊が温泉に入ったところで、なんの効能もないだろう。しかし気分だけは、充分に満喫できる――これが涼子の言い分だった。
『でもあたしが思うとやけど、静香ちゃんだけやのうてこん村の人たちみんな、純朴ば絵に描いたような人ばっかりやったっちゃねぇ♪ これって都会の人が忘れてしもうた、大らかさってもんやろっか☞』
「さすがに到着して早々、村中見て回った涼子らしい言葉っちゃねぇ✌」
友美は涼子に横目を向けてやった。なにしろ村に着いたと思ったらいきなりいなくなり、横着にも真っ先に温泉へ入っていたのだから。
『そうや! 静香ちゃんとの話が終わってから訊こうっち思いよったんやけど、孝治がどこ行ったか知らんね?』
「孝治やったら、こん上の露天風呂ばい☝」
涼子の問いに、友美は右手を上げ、自分たちがいる温泉よりさらに上手{うわて}の森の奥を指差してやった。そこは下からだと木立ちに隠れ、友美たちからは見えない位置になっていた。
「ここよかずっと離れた、山の奥んほうになっとるんばい✈」
『ありがと♡ ちょっと見てくるっちゃね♡』
場所の方向さえ教えてくれたら、あとはそちらへ向かうだけ。涼子が音もなく、湯船から浮上した。
当然、脇目も振らずに一直線。友美の忠告など、まったく聞いていなかった。
「あっ! 涼子ぉーーっ! そこは男湯っちゃけねぇーーっ!」 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |