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『剣遊記X』

第三章 旅は三角関係と共に。

     (8)

 日本の山村に、温泉は付きもの。陽{ひ}はまだ高いが、日本人として生まれた以上、このイベントを見逃すわけにはいかないだろう。そんなわけで、女の子グループは皆、旅の疲れと汚れを落とすため、天然の露天風呂をゆっくりと満喫――とはいかないようだった。

 

「ふん!」

 

「ふん!」

 

 美奈子と由香が浴場で裸のお付き合いをしているというのに、いまだお互い背中を向け合ったまま、反目を続けているからだ。

 

 これは旅立ちから到着までの三週間、ずっと繰り返されてきた光景だった。だから友美や静香たちはもう、触らぬ神に祟りなし。なにも言わない、触れないようにしていた。

 

 ヘタに手を出せば、大爆発大噴火間違いなし。大型ニトログリセリンそのものなのだから。

 

「うっわあああああい♡ お山さんがきれいきれいしてますですうぅぅぅ♡ 温泉さんもぉポッカポカさんですうぅぅぅ♡」

 

 このような冷戦的雰囲気の中、千夏だけが場の空気など、一切お構いなし。真っ裸で浴場をバタバタと走り回っていた。

 

「千夏、人様がおるんや ちったあ静かにせえへんといかんで✄」

 

 姉の千秋から注意されても、妹の興奮は、なかなか収まらなかった。

 

 でもって、この問題の三人(美奈子、由香、千夏)は、とりあえず脇に置いておく。

 

「どうだんべ? あたしの生まれ故郷さ♡」

 

 静香が親しげな感じで、友美に話しかけてきた。ふだんから根の明るそうな静香でも、冷戦中である美奈子と由香に声をかける無謀は、やはり気が引けるようだ。

 

 友美は肩まで湯に浸かった姿勢で、静香に笑顔を向けた。

 

「うん、とってもすてき♡ わたし、群馬県って東京に近いもんやけ、もっと都会っち思いよったんやけど、こげんたくさん自然が綺麗な場所やったんやねぇ♡」

 

 これに静香が、ふふんと鼻を鳴らしていた。

 

「当ったり前だがね✌ あたし、まぁずこう見えても、ゴミゴミした都会が嫌いなんだべぇ✄ だからいづまでも、田舎暮らしがやめられねえんだぁ♡」

 

「ふぅ〜ん、そげなもんかしらねぇ〜〜✍」

 

 友美も博多県の山村出身であるが、早々に北九州市へ移り住み、けっこう都会生活になじんでいた。だから静香の言い分が、今ひとつわからない思いがするのだ。

 

 のんびりとした田舎暮らしも悪くはないが、やはりにぎやかで便利な都会生活も捨てがたい――こんなところであろうか。

 

 そんな気持ちでいる友美に、静香がはしゃいだ感じで、まくし立てた。

 

「そりゃそうだべぇ♡ やっぱ生きモンはみんな、自然の中が一番なんだがらぁ♡」

 

 なお、会話とは関係しないが、静香の背中にある翼は見たまんま、直接体から伸びていた。ついでに胸は――けっこうなボリュームがあった。

 

(くやしかけどぉ……わたしよか、ずっと大きそう……孝治と充分張り合えそうやねぇ……こげな大きな胸して、よう空ば飛べるもんっちゃねぇ〜✍)

 

 これは口にはしないでおこう。

 

「友美ちゃんもあたしみだいな地方出身者だべぇ✌ だったらあたしの気持ちさもわがるんでねえの♐」

 

「え、ええ……そうっちゃね……♥」

 

 静香の言葉は、正直自分の考え方に反していた。かと言って、白熱した議論を交わすほどの、深い話題でもなし。それよりも妙に積極的な態度で迫る静香に、友美は軽い愛想笑いで応じてやった。

 

 しかし、よくよく考えてみれば三週間にも及んだ道中の間も含め、静香と親しく会話をしたのは、きょうが初めてのような気もしたりした。

 

 旅の途中は美奈子と由香の対立で、終始ピリピリの状態。宿に泊まれば静香は魚町と同じ部屋(ちなみに特別に頼んで、大広間にて宿泊。理由はふつうの部屋だと、魚町のせいでギューギュー詰めの状態となるからだ)で無理矢理寝泊まりをして、友美や孝治たちとは別室でいたからだ。

 

 関係ないけど部屋割りのときにも、美奈子と由香が裕志の壮絶な奪い合いを演じたことも、一応ここで付け加えておく。

 

「あたし、友美ちゃんとは、なんだかとっても気が合いそうなんだべぇ♡ だってぇ、おんなじ山育ちなんだがらねぇ♡」

 

 理由はよくわからないが、とにかく静香は上機嫌の最中にいるらしい。自分の白い翼を、浴場内で思いっきり強めに羽ばたかせていた。

 

「……う、うん、わたしもそげん思う☁」

 

 友美の愛想笑いは、少々引きつった感じとなった。静香が翼で風を巻き起こすものだから。そこへ静香を呼ぶ声。

 

「静香ぁーー☀ ちょっと来でくれんねぇーー☆」

 

 今の呼び声の主は、どうやら静香の母のようだ。

 

「はーーい☆ なんだべぇーー♪」

 

 すぐに娘――静香が返事を戻した。

 

「ご飯の支度、手伝ってほしいんだっぺぇ✌」

 

「はぁーーい✌」

 

 静香はこれでけっこう、親孝行な娘らしかった。すぐに湯船から立ち上がると、友美に振り向いた。

 

「ごめんのぉ☺ この村ではかかどんの言うことさ聞かねえのが、一番びしょったない(群馬弁で『だらしない』)ことになっでんだぁ☝」

 

「ううん、とってもよかっちことやと思うっちゃよ♡ じゃあわたし、もうちょっとゆっくりしてから上がるっちゃね☺」

 

「大切なお客様なんだがらぁ♡ 遠慮なんがせんでええだにぃ……あっ、それからこの辺りの山さ、野生の猿さたくさんおっで、時々温泉に入りに来るから気ぃつけるだよ♐」

 

「ええ☀」

 

 友美の返事を得てからバタバタと、慌ただしい感じで低空飛行しながら、静香が浴場をあとにした(注 マッパにバスタオルを巻いただけの格好で)。


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