前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記X』

第三章 旅は三角関係と共に。

     (4)

「……ったくもう、冒険っちゅうもんが、いっちょもわかっちょらんのやけねぇ☠」

 

 ブリブリと文句をボヤきながら、孝治は寮に戻る由香の後ろ姿を見つめていた。革袋の下から両足だけを出した、極めて妙ちくりんな姿である由香を。

 

「それにしてもなんやけどぉ、店長もよう、由香の冒険参加ば認めたっちゃねぇ✍」

 

 友美の新たな疑問にも、孝治はきちんと答えてやった。

 

「ああ、店があげな有様なもんやけ、従業員全員にしょうがなかなんやけど、休みばくれたっちゃねぇ、有給で✌ やけん、これ幸いや思うたらしゅうて、由香がいっちゃん喜びよったとばい✌ 自分が臨時休業の張本人やっちゅうこつ、完全に棚に上げてからね★」

 

『もうひとりの張本人の美奈子さんかて喜びよったっちゃね♥』

 

「お互い、どっちもどっちっちゅうことやね♥」

 

 涼子の口出しに、友美がくすっと微笑んだ。

 

 それにしても今回の騒動は、未来亭始まって以来の大損害であろう。だけど、あの黒崎店長ならば、いつかなんとかして、損失を穴埋めするに違いない。

 

 ツケ(しわ寄せ)を店子たち(孝治たち)にかぶせる策によって。

 

「でも由香ったら、あげな格好でどげんしてここまで来たとやろっか? どげん見たって袋んまんま、ここまで来たっち思えんとやけどぉ☢」

 

『ああ、それはやね☀』

 

 友美の新しい疑問に涼子が答えた。しかしその表情は、なぜだか固そうな感じになっていた。

 

『由香ちゃんが水になって袋に入ってから、ここまで彩乃ちゃんと桂ちゃんのふたりに運ばせたとよ☞ ふたりともここに着くなり、さっさと帰っちゃったんやけどね……☛』

 

「なんねぇ♋ 彩乃ちゃんと桂ちゃんで持って来たっちゃね☺ それなら納得ばい☻」

 

『ちょっとお! いつもんことなんやけどぉ、自分ばっかし事情がわかっとうっち顔ばせんといてくれんねぇ!』

 

 いかにも当然といった感じである友美の反応に、カチンときたのだろうか。涼子がほっぺたをふくらませ、友美に文句をプリプリと垂れた。

 

 なんと言っても、人ひとり分の重量がある革袋を、女の子ふたりがかかえ上げたわけなのだ。そんな光景を目の当たりにしたであろう涼子は、今もって信じられない気持ちでいるみたいだ。

 

『あ、彩乃ちゃんはいっちょ前にも吸血鬼{ヴァンパイア}なんやけ、そりゃふつうの人よか力があるとでしょうけどぉ……それやったら桂ちゃんはなんね! あたし、桂ちゃんがあげん力持ちやったなんち、いっちょも聞いとらんかったんやけね!』

 

「うふっ♡ それはやね✌」

 

「そんじゃ行くばい✈ 下で先輩が待っちょうし、おまけで美奈子さんたちもやね✄ あんまし待たせたら、また千秋ちゃんから怒られるけ☠」

 

 意地悪するのも可哀想と考えたか、友美が涼子に教えようとする前だった。まるでこちらが意地悪をするかのように、孝治はふたりを急かしてやった。

 

「はぁ〜〜い♪ そげんことやけ、またいつか教えてあげるっちゃね♡」

 

 友美も急ぎ足で、孝治のあとを追ってきた。

 

『あ〜〜ん! けっきょくまたジラされるだけやない♨ ほんなこつ意地悪ぅ!』

 

 涼子もすっかり、拍子抜けのご様子。それでも解答は後回し。浮遊しながら、孝治と友美のうしろからついてきた。

 

『結論、未来亭って、まだまだあたしにとって、さながら未知の世界なんよねぇ〜〜♋ これって前にも言うたことあったみたい☝』

 

 その『未知の世界』に住み着いて――もとい取り憑いて、けっこう長くなるくせに、今さらながら懐の深さを思い知ったご様子。涼子が大きなため息を吐いた。

 

 幽霊でもその気になれば、ため息のひとつやふたつ、簡単に吐けるものなのだ。


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system