『剣遊記X』 第三章 旅は三角関係と共に。 (12) 最初は黙って、孝治と裕志は、猿たちの入浴終了を待ち続けていた。だがやはり、魔術師のほうが先に音{ね}を上げた。
「……も、もう我慢できんばい……もう出ようよぉ……☂」
だけど心境は、孝治も同じだった。
「……そ、そうっちゃね……☁」
ふたりして、湯あたりが始まったようなのだ。
ここは火山地帯の天然温泉なだけあって、お湯の温度がけっこう高めとなっていた。
『もう、ふたりそろって、情けないっちゃねぇ☠☻』
涼子が鼻で笑ってくれた。これは熱湯だろうと氷水であろうと、てんで平気な幽霊の特権であろう。しかしこちらは、生身の人間。このままではのぼせ上がって、お湯の中で気を失ってしまうかも。
「よかっちゃね☠ 猿ば刺激せんよう……そっと出るっちゃよ☛」
「うん☹」
孝治の先導で裕志とふたり、音を立てないようにして、静かに湯船から上がろうとした。
このとき涼子はどうしているのかと、孝治はそっとうしろに振り返った。見れば涼子は猿たちがたわむれている光景を、おもしろがって見物中でいた。
(あれやったら、ほっといてもよかっちゃね☺)
幽霊は動物にも見えんけ、別に心配せんでも良かっちゃね☻ やけど自分たちは、そうはいかんけ――と。もっとも温泉から出るにはとりあえず、岩の上に置いてあった、タオルが必要。やはり隠す所は隠さなければ――の話なのだが、ここで一大事が発生した。
「ああーーっ! あれえっ!」
「うわっちぃーーっ! こ、こらあーーっ!」
裕志が叫び、孝治は一瞬にして逆上した。なんと寄りにも寄って、岩の上に子猿たちが集まり、白無地のタオルをおもちゃにして遊んでいたのだ。
しかも孝治と裕志の声に驚いたらしい。キキぃーーっとその内の一頭がタオルをガシッと右手でつかんだまま、クモの子を散らすかのごとく、一斉に子猿たちが四方八方へと逃げ出した。
「うわっち! こらあーーっ! タオルば返さんけぇーーっ!」
こうなると、猿たちを相手の緊張感も、どこへやら。おまけにのぼせる寸前だった体調も忘却(それ以前にもっと重大な問題が⚠)。とにかくこのときは無意識だった。裕志の左手を強引にガシッと自分の右手でつかんで、孝治は猛ダッシュでタオルを持った子猿を追い駆けた。
「ちょ、ちょ、ちょっと孝治ぃーーっ! なしてぼくまでぇーーっ!」
唐突に、さらに無理矢理手を引っ張られている裕志が、たまらずに悲鳴を上げた。しかし孝治は、意にも介さなかった。
「しゃあしぃーーったぁっいーーっ!」
『孝治ぃーーっ! どこ行くとねぇーーっ!』
「しゃあしぃーーっ!」
涼子の声にも同様。孝治はタオルを強奪した子猿を捕まえたい一心で、早くも頭がいっぱいとなっていた。
自分でもこれじゃいかんばい――とは思ってはいるのだが、単純かつ単細胞であるからして。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |