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『剣遊記13』

第四章 響灘上空三十秒!

     (33)

 トルネードの影響は、ずっと遠くに離れた位置にある、銀星号にまで響いていた。

 

 一応現場から(恐らく)五キロ以上の距離とはいえ、遥か彼方に黒い竜巻がはっきりと見えているのだ。これでは巨大飛行船の中であっても、宙に浮かんでいる者としては、心安らかにいられる心境ではないだろう。

 

「さすがに揺れがひどくなってきたようですな」

 

 それでも黒崎の並外れた肝っ玉ぶりは、常識の範疇を超えていた。彼は震度六(大袈裟)のように右に左に振れまくる飛行船の展望室で、なんの支えもなしに不動直立をひとりで貫いているのだ。

 

 他の面々――若戸氏や給仕係たち。さらに銀星号の従業員などが見ている前で。ちなみに全員、部屋にある柱や固定されている家具やテーブルなどに、必死の思いでしがみついていた。

 

「世にも恐ろしい話でございます☠」

 

 執事の星和も柱につかまっているメイドのお尻に、なぜか抱きつく格好で我が身を守っていた。

 

 時と状況が違えば、これは完全なるセクハラ。

 

 それはとにかく、黒崎が窓の外で荒れ狂うトルネードを見て、余裕しゃくしゃくにささやいた。

 

「この飛行船は、たぶん大丈夫と思うがや。竜巻もどうやら、違う方向に行ってるようだがね」

 

「ほ、ほんなこつですかぁ?」

 

 銀星号の船主である若戸が、ややみっともないながらも、黒崎の元までなんとかたどり着いていた。彼は床を四つん這いの姿勢で進み、黒崎が仁王立ちしている窓辺まで、やっとの思いで行き着いたのだ。

 

 その若戸に、黒崎が右手で指差して言った。いまだ立てない状況にある若戸を右横に、やはりなんの支えもない体勢のままで。

 

「見るがええがや。あの竜巻は、もうなんらかの目的を達成したみたいだがね。使命を果たしたあととなっては、残ることは消滅するだけだがね」

 

「……ほんなこつ……ですねぇ☁」

 

 黒崎の言うとおり。やがてトルネードは金星号からさらに距離を取り、響灘を北上。見守る者たちの眼前から、静かに消失していった。

 

 その真下の海上では、いったいなにが起こっているのか。その付近のドラマにはまだ、黒崎たちは気づいていなかった。


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