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『剣遊記13』

第四章 響灘上空三十秒!

     (32)

 グオーーッと、まさに天の怒りの咆哮だった。

 

「ちょ、ちょっと! やり過ぎっちゃよ!」

 

 悪党どもとは言えその惨状は、孝治も思わず悲鳴を上げるほどだった。なぜなら瞳の前で繰り広げられている光景が、ハンググライダーの群れが次々とトルネードの黒い渦に飲み込まれ、高空から海面まで叩き落とされていく修羅場であるからだ。

 

「わ、わたしもそげん思うっちゃけどぉ……そ、それよかぁ……わたしたちかて逃げたほうがよかっちゃやない?」

 

「うわっち!」

 

 友美の言葉で、孝治はようやく、ハッと我に返ったような気がした。友美自身も先ほどまでの過激気味から、ふだんの自分を取り戻しているようでいた。

 

「そ、そうっちゃ! こげんとこでのんびりしとう場合やなか!」

 

『え〜〜☢ もうちょい見てみたいっちゃにぃ☠』

 

「きゃっきゃっ☆ まるでメリーゴーランドさんみたいですうぅぅぅ☀☀」

 

 ほっぺたをふくらませてブー垂れている涼子と、完全になにもわかっていない様子の千夏は、この際問題外(ヨーゼフもこの状況で、今もしっぽを振っている)。孝治は頭上の小型飛行船(秋恵)に向かって叫んだ。

 

「秋恵ちゃーーん! 早よこっから逃げるっちゃよぉーーっ!」

 

 すると孝治の声に、素早く反応。小型飛行船の尾鰭がパタパタと、慌てた感じで左右にまるで団扇{うちわ}を扇ぐようにして動き、進行方向をトルネードとは正反対に変えてくれた。

 

 飛行船型となっている本体のどこに、いったい人間の頭脳が入っているのやら。これがてんで謎なのだが、秋恵は秋恵なりに、超緊急事態的な現在危機の状況が、きちんとわかっているようでいた。

 

「そ、そんとおりやけぇ! もっとスピードば出してぇ!」

 

 孝治は続けて叫んだが、しかしこれは、無理な注文だった。いくら空中での動きが自由自在とは言え、気球はあくまでも風任せの乗り物なのだ。それが少々の自力が可能とは言っても、しょせんは風船である。背後から迫りくるトルネードとは、スピードの優劣があまりにも違い過ぎていた。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

「みんなぁーーっ! しっかりこれに掴まってぇーーっ!」

 

 孝治はとにかく、友美のほうが遥かに気は確かでいた。それでも孝治は自分の右手に千夏をかかえ(もちろんヨーゼフは、彼女がしっかりと抱きかかえ)、ユニットバスと小型飛行船を繋いでいるロープを、ガシッと左手で握り締めた。友美も自分で言ったとおり、別のロープを両手で握っていた。

 

 こうなれば平気でいられる者は、涼子だけとなる話の顛末。

 

『凄かぁーーっ☆ あたし竜巻の中だけは今まで入ったことなかったっちゃけど、これも物凄い体験ちゃねぇ✌』

 

 幽霊はいつだって気楽なものだ。


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