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『剣遊記13』

第四章 響灘上空三十秒!

     (18)

「凄かぁ……って、どげんしたとやぁ!?」

 

 孝治は自分が理性で我慢をしている状況も忘れ、思わず涼子に顔を向けた。すると涼子はもったいぶるでもなく、秋恵の立っているであろう場所を、左手で指差してくれた。

 

『秋恵ちゃんが変身したっちゃよ! 孝治ももう見たかて問題なしっちゃね☻』

 

「問題なしぃ?」

 

 言葉の意味がてんでわからず、それでも涼子がOKと言うとやったら――そんなある意味他人に責任を負っかぶせるようなうしろめたい気分で、孝治は瞳を開けて、秋恵がいる方向に振り返ってみた。

 

「うわっち!」

 

 そこには秋恵の姿がなかった。ただしゃがんでいる友美の真ん前に、一個のピンク色をしたボールが転がっているだけだったのだ。しかもそのピンクボールは、直径が五十センチはありそうな大型の物体であった。

 

 その友美も声こそ出してはいなかったものの、両方の瞳が見事な丸型に開かれていた。

 

 それから友美が、ツバをゴクリと飲みながらで、孝治に応えてくれた。

 

「あ、秋恵ちゃんが裸になって、それで体ばクルリっち丸めたっち思うたら……ほんなこつこげん真ん丸ぅなってしもうたんばい……♋」

 

「うわっち! これが秋恵ちゃんね?」

 

 このとき、完ぺき困惑模様となった孝治に、明らかに応えるかのようにしてだった。元秋恵ちゃんと友美が言うピンクのボールが、自力でバンバンと跳躍を始めてくれたのだ。

 

 これにより、ボールに意思のあることが、否応なしで証明された格好となった。

 

「うわっち! うわっち! わ、わかったっちゃ♋ ほんなこつ秋恵ちゃんなんやねぇ☛」

 

 孝治は半分降参のような思いで、ボールを秋恵だと認めてやった。すぐに秋恵変身のピンクボールが、まるで喜びを全身で表現するかのようにして、床の上でコマのようなブルブル回転をしてくれた。それから友美が、なぜかヘリウムガスボンベから伸びているゴム製チューブを持って、秋恵変身であるピンクボールに、その先端を突き刺すみたいな行動を始めていた。

 

「あれ? 友美……なんしよんね?」

 

 不思議に思う孝治に、友美が神妙そうな顔になって応じてくれた。

 

「秋恵ちゃんがね……あたしがボールになったら、こんヘリウムガスば体に差し込んでっち、頼まれたっちゃよ♋ わたしもなんか、ようわからんのやけど……☁」

 

 そのようにして答える友美のチューブ(いわゆるガス菅)を持っている右手が、微かではあるが震えているように、孝治には見えていた。それでも意を決したらしい。チューブの先端をプスリと、ピンクのボールに見事突き刺した。

 

 やはり友美は、度胸も満点な女の子であった。


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