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『剣遊記12』

第四章 サラマンダー、恐怖の襲撃。

     (9)

『良かったっちゃねぇ☀ 草食動物の糞っち、そげん臭{くそ}うのうてやねぇ☆』

 

「しゃーーしぃーーったい♨」

 

 涼子がからかいながらで眺めている前だった。孝治は筑後川の真ん中で真っ裸となり、先ほどから一生懸命に洗髪を続けていた。

 

 なにしろ象の大便を頭の上からまともに浴びるという、人類が考えうる限りで最もおぞましい洗礼を受けたのだ。実際に誰も経験などしたくないだろうけど、とにかく排泄物を頭髪に喰らって、これが平穏な気持ちでいられるはずなどないに決まっていた。

 

「草食動物も肉食動物もなかっちゃよ☠ どげな動物がしようとウンチはウンチなんやけね♋ 要は象のウンチばおれがかぶってしもうたことが、いっちゃん重要で大事な問題なんやけねぇ♋」

 

 おまけに――であるが、さっきまで川で全裸になっていた博美の行為に呆れておきながら、今やそれを自分自身が実践する破目になっていた。そのためなのか、孝治の洗髪風景を涼子といっしょに眺めている友美も、深いため息を禁じえないようだった。

 

「ほんなこつ人んことっち、言えんもんちゃねぇ☹」

 

 それからすぐに、気を取り直した感じ。当たり前の話を、孝治に尋ねてくれた。

 

「で……いつまで頭ば洗っちょうつもりっちゃね?」

 

 友美の問いに孝治は、濡れた長い髪をバサッと両手でかき上げながら、水面上で立ち尽くした。自分の裸を友美と涼子から見られる分には、孝治はなぜか平気でいられるのだ。

 

「……そうっちゃねぇ……もういい加減にええかも?」

 

 すでに自分でもしつこいと思えるぐらいに、自慢(?)の長い黒髪を、川の水でゆすいだのだ。さすがに臭いも綺麗に取れて、洗髪はもう良かっちゃろ――と言ったところか。

 

「とにかくとんだ災難やったっちゃねぇ☻ おれはもう、象のケツにはずえったい近寄らんけね✄」

 

『ふつう、好きで近寄る人なんちおらんちゃよ✍ 動物園の飼育員さんば除いてやね……って、あら☝』

 

 孝治の洗髪を、川辺の岩に座って眺め続けていた涼子であった。このとき幽霊少女は、急に周辺をキョロキョロと見回した。

 

『ねえ、なんか音がせんね?』

 

「音……? そう言えばやねぇ☞」

 

 友美もなんだか、なにかに気がついたようでいた。しかし孝治だけは、頭を横に振って否定した。

 

「そげな不安ばかき立てる話は、もうやめちゃってや☠」

 

 実は孝治にも、その音らしき気配は聞こえていた。だけどそれを認めるようなことだけは、断じてやりたくなかった。

 

「象のウンチに加えて、これ以上どげな災難ば味わうことになるっちゃねぇ! おれはもうコリゴリなんやけねぇ☠」

 

 しかし運命の神様は、早くも孝治を見放していた。

 

「この音……じゃない声っちゃよ! それも荒生田先輩の声ばいねぇ!」

 

「うわっち! やっぱしそげな展開になるっちゃねぇ!」

 

 聴覚には自信があると、いつも自慢している友美が断言。孝治は水面から、真っ裸のまんまで飛び上がった。

 

 だいたい三メートルくらい(嘘☻)。


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