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『剣遊記12』

第四章 サラマンダー、恐怖の襲撃。

     (10)

 突然河原の背丈が高い草むらを、ドババババババッッと突き抜けて――だった。

 

「ゆおーーっしぃ! おまえらそこばどくっちゃあーーっ!」

 

 黒いサングラスをかけた見覚えのある顔が、孝治たちの前にもろに出現した。もちろん裕志もいっしょだが、もはやこちらの魔術師など眼中外。

 

「うわっちぃ! せ、先ぱぁーーい!」

 

「ゆおーーっし! 孝治やないねぇ♡ こげんとこにおったとけぇーーっ☆」

 

 孝治の瞳と荒生田の三白眼が、ガッチンコとぶつかり合った。

 

「うおおーーっ! ゆおーーっしぃ♡♡ おまけに一糸もまとわぬそん裸身っっ♡♡ そうけぇーーっ♡ オレんために女神んようなそんお姿で待ってくれよったんやねぇーーっ♡♡♡」

 

「なしてそげな風に、発想が飛躍するとですかぁーーっ♨」

 

 ここまで事態が悪化すれば、もはや孝治のはかない抵抗など、赤子の手以下の微力でしかなかった。

 

「うわっち!」

 

「ゆおーーっしぃ! 孝治の操{みさお}……やなか! 安全と平和はこん先輩様が守ってあげちゃるけねぇ! あとはおれに任せんしゃーーい♡♡♡」

 

 なにが起こった状況なのかを説明しよう。なんと荒生田が全裸でいる孝治を、いきなりガシッと両腕でもってかかえ上げ、そのまま全力疾走をおっ始めたわけ。

 

 中年エロ親父のまさに夢。裸の美女(難あり☠)を『お姫様だっこ』して、どこかの結婚式場からの、花嫁強奪逃避行と言ったところか。

 

 設定に無理有り過ぎ。

 

 ここでお姫様ではない孝治の叫び。

 

「うわっち! うわっち! せ、先輩っ! おれはまだ服もなんも着てなかですよぉーーっ! やけんなんか着させてほしいですぅーーっ♋」

 

「しゃーーしぃーーったぁーーい! おまえにはあれが見えんのけぇーーっ!」

 

 どんなにジタバタしたところで、もはや孝治は、荒生田の腕の中から逃れられなかった。それどころかこのサングラスの変態は、うしろを顧みる素振りすらなし。ただ大声でわめき立てるばかりでいた。

 

 三白眼を異様な好色で塗り固め、ついでに鼻の下も思いっきり伸ばしながらで。

 

「うわっち? あ、あれっち……?」

 

 つい荒生田のド迫力に飲み込まれたとは言え、それでも孝治は抱きかかえられた格好のまま、先輩の肩越しでうしろに目を向けた。

 

「うわっち! な、なんねぇ、あれってぇーーっ!」

 

 全裸の女戦士(おいおい?)も、ようやくその存在に気がついた。

 

 自分たちを追って宙を飛んでくる、巨大な火の怪物の登場に。

 

「あれってサラマンダーっちゃよ!」

 

 荒生田の右横を走っている友美は、さすがに火の怪物の正体を知っていた。そのサラマンダーが草むらの上をかするだけで、辺り一帯がたちまちバチバチと、炎と煙を上げて燃え盛っていた。

 

「早よ逃げな大変ばい!」

 

 友美が走りながらで、サラマンダーの解説をしてくれた。なんだかけっこう、余力がありそうな気もしたりして。

 

「あれは確か……魔術学校で召喚の術の『いろは』ば習ったときやったっちゃけど、サラマンダーの召喚だけはあんまり危険過ぎやっちゅうことで、そん実技が中止されたことがあったほどやもんねぇ♋」

 

「それほどの怪物っちゅうことねぇ!」

 

 さらに荒生田から抱かれたまま、孝治は友美の言葉に納得した。ただし、どうしてもわからない謎もあった。それはなぜ、サラマンダーが荒生田先輩と裕志を追い駆けているのか――と言う疑問であった。

 

 これは先輩に訊いても埒{らち}が明かんと考えたので、孝治は左横を走っている裕志に尋ねてみた。ようやく隣りにいる状況に気がついたので。

 

「なして先輩と裕志が、サラマンダーから追われとうとやぁ!」

 

「そ、それはやねぇ!」

 

 必死と恐怖丸出しの形相で走りながら、小心魔術師――裕志が孝治に答えてくれた。

 

「あの東天って魔術師が呼び出したとぉ! ぼくにはこげな召喚術はできんとに、あいつすっごい魔術の腕ば持っちょるんちゃよぉ!♋」

 

「そげんやったんけぇ★ やけんそいつに操られて、サラマンダーが追ってくるっちゅうわけっちゃねぇ!」

 

 悪の魔術師の名を聞いて、孝治は今の状況にも納得した。だからと言って現状打開のための解決策は――今のところまったくなかった。


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