『剣遊記12』 第四章 サラマンダー、恐怖の襲撃。 (6) ブオオオオオオオオオッッッ
ふつうトカゲは鳴かないものだが、このサラマンダーは、トカゲではない。
本来彼ら(?)は、火の精霊界で静かに暮らしている性質だが、いったん召喚されてこちらの世界に現われると、おとなしいはずの性格が、たちまち豹変。眼の前で動くモノ(大抵は人間)を、とにかく無性に追わずにはいられなくなる、いわゆる二重人格的な性質なのだ。
もっともどのような性質があろうとなかろうと、追われる者の立場としては、史上最大の大迷惑に他ならない。
「裕志ぃーーっ! こいつば元ん世界に帰せんのけぇーーっ!」
必死の逃走を続けながら、荒生田がいつもの定番。後輩魔術師に叫んでいた。もちろんこちらも定番ながら、裕志はほとんど悲鳴に近い絶叫を繰り返した。
「やけんぼくは召喚の術ば、まだまだ勉強中って言うたでしょう! はがいいけど、これは呼び出した本人が戻さんと駄目なんですよぉ!」
「えーーい! この世でいっちゃん役に立たんやっちゃねぇーーっ!」
荒生田の、この世で一番身勝手な妄言も続いた。無論呼び出した当の本人(東天)が、今さらサラマンダーを元の世界へと帰すはずもなし。今はこのまま逃げ切るか、あるいはなんとかしてサラマンダーを倒すしか、助かる道はないだろう。しかし前者はとにかく、後者はとてもむずかしい――と言うより実行不可能な相談である。
「そ、それよか早よ逃げましょう! トカゲん足は、そげん速ようなかですからぁ!」
「そうとも言えんっちゃあーーっ!」
もはや裕志は、うしろを振り返ることすらできなかった。その代わりに荒生田が、チラリと後方に振り向いた。
「あんにゃろう! けっこう速かっちゃぞぉ!」
まさにそのとおり。繰り返すがサラマンダーは怪物であって、ただのトカゲではないのだ。そのためか少なくとも人間が走るのと同じスピードで、執拗にふたりを追っていた。
それも周囲に火炎をバラ撒きながらで。さらにその体力は限界知らず。このままではいつか必ず追い着かれ、ふたりして炎で黒コゲにされる結末が目に見えていた。
これぞ絶体絶命の大ピンチ! そんな場面になってから、荒生田はわかりきっているはずの今の現状を、いきなり大きな声で叫び始めた。
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