『剣遊記12』 第四章 サラマンダー、恐怖の襲撃。 (2) だが、ふたり(荒生田と裕志)のなごやかなるタイム(?)は、早くも破られる展開となった。その理由は能天気な先輩と後輩の前に、ビックリするような人物が現われたからだ。
「やあ、ごきげんよう、諸君!」
「あれぇ? あ、あんたは……☠」
ただでさえ先輩――荒生田の妙な言動に翻弄され気味だった裕志は、これにてトドメを刺された感じ。陣原家の顧問魔術師――東天が、突然筑後川の河畔に出現した。
「な、なして……あんたがここにおるとですかぁ?」
ぼくたちが川まで来ちょうこと、こん魔術師にはいっちょも言うてなかったとにぃ――当然裕志の頭では、そのような疑問が湧いていた。ところが荒生田ときたら、恒例ともいえる定番どおりの反応だった。
「あんた、誰っちゃね?」
裕志がドテッと河原で転んだ。すでに前日から予兆が出ていたとおり、荒生田は本当に、陣原家顧問魔術師の顔を、すっかり忘れていたのだ。これには当の東天でさえも、見事に河原で転倒(シャレではない)する結果となったしだい。
だけどすぐに立ち直り、荒生田と裕志に、一発ブチかましてくれた。
「ぶぁ、ぶぁっかもぉん! 吾輩と貴様とは、もう何度も顔合わせが済んどるはずではないかぁ! それともほんとに覚えておらんのかぁ!」
こちらこそ、つい我を忘れたらしい。ついでに日頃の傲岸不遜で慇懃無礼な姿勢も忘れ、東天が頭から湯気が立つほどにいきり立った。しかしそれでも荒生田の返答は、実に明瞭なものだった。
「覚えちょらん☆」
このアホ――もといサングラス😎野郎は、たとえ相手がどんなに重要な鍵を握る人物であってもおのれに関係がなく、また付き合っても得がないとあれば、さっさと記憶からリセットしてしまう性分なのだ。
「吾輩はこんなのと、まともに張り合わんといかんのか?」
常人離れした気位の持ち主である東天であった。だがさすがの彼も、疑問の渦が脳内を駆け巡っていた。そんな心境の魔術師なのだが、もちろん今も、例の取り巻き連中が周りに控えていた。
「せ、先生……こっちが押されよう場合じゃなかばってん♋ あやつらにガツンっち一発ぼてくりまわしに来たとでしょ♐」
半そでシャツの阿羽痴から、逆に背中を押される格好。東天が改めて、咳払いをひとつ行なった。
「ご、ごほん、そうだった☁ ま、まあ、とにかく、おまえたちとはもうすでに、陣原家で顔を会わせているはずだがな☟」
「は、はい♋」
ここでようやく、東天が気を取り直したご様子。眼光鋭くにらみつけられて、裕志のほうは慌ててシャキッと、背筋をピンと伸ばした。だけど荒生田のほうはと言えば――やっぱりだった。
「いっぺんした会{お}うたこつなかやつん顔なんけ、オレは知らんちゃね☻ まあ、女性やったらオレん場合、話は別っちゃけどねぇ♥」
「な、なにをーーっ!」
相も変わらず、魔術師をさらに挑発するようなセリフを並べるばかり。これに簡単に逆上するなど、東天はけっこう短気な男でもあるようだ。
(ああ……まずかっちゃあ……☠)
ここは裕志でも一応の察しは付くのだが、本来東天たちの目的は、未来亭から来た荒生田たちを、脅迫などの手段をもって、追放する事態に持ち込む気でいたのだ。だけどこれでは、まったくの逆効果。
「だいたいおめえら、ここになんしに来たっちゃね? オレたちゃこれでも忙しいんやけね♨」
その本来の目的を、荒生田が問い掛けた。ついでに裕志は、ここで思った。
(先輩っち、昔っから人ん話ばはぐらかしたりっとか、別ん方向に持ってくのが得意やったけねぇ☺) (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |