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『剣遊記T』

第一章  災難は嵐の夜から。

     (9)

 長さにあまり自信はなかった。それでも孝治は早業{はやわざ}で、合馬の前まで一気に左足を伸ばしてやった。

 

 意味のない声を上げ、兵たちの目を上に向けさせるという突発的行動も、とっさに思いついた孝治の陽動作戦である。

 

「きえーーっ!」

 

 大型剣を高々と頭上に上げた合馬も、孝治のとんでもない行動に、まったく気づいていなかった。

 

「うげっ!」

 

 そのため、孝治の左足に自分の右足を引っ掛け、合馬が望楼内で見事前のめりに大転倒。大雨の中、バシャンと派手な水しぶきをばら撒いた。

 

「うわっち!」

 

 左足に激痛を感じた孝治は、慌てて兵たちの間に引っ込んだ。

 

 まさにバレたら一大事。超命懸けな暴挙であった。

 

 それでも無茶は、一応成功。現場が極度の混乱状態なので、誰もが孝治のとんでもない行ないに、てんで気づいていないようだ。繰り返すが、もちろん合馬も。それどころか自分がズッコケたのは女賊のせいだと、勝手に大きな勘違いまでしていた。

 

「おのれぇ! 小癪な真似をしやがってぇ!」

 

 しかもその勘違いは、朽網も同様だった。

 

「なんと、変な魔術を使いやがったなぁ! いってえどんな技なんだ?」

 

 実際、頭に血が昇りきっている者ほど、単純で騙しやすい人種はいないものである。だけども友美だけが、この場で孝治の無謀に、しっかりと気づいていた。

 

「ほんなこつ無茶でセコいことするっちゃねぇ〜〜☢ ほんと見ておれんかったんやけね☠」

 

 孝治も這う這うの体で望楼から離れながら、今は自分自身の体の震えを実感していた。

 

「わ、わかっちょうって! おれかて無我夢中やったんやけ☹ でも『セコい』はなかろうも……事実なんやけど……☢」

 

 それはとにかくとして、事態がさらにムチャクチャな方向へと発展――と、誰もが思ったに違いない。そこへ尻餅状態だった女賊が、見事極まる失地からの回復を見せてくれた。

 

 それは二度目の、跳躍への挑戦。今度こそ手すりにピョンと飛び乗っての、両足着地に成功。しかもすべらないように腰をかがめて左手で手すりをきちんとつかむという、体全体のバランスを保つ姿勢も整えていた。

 

 また、隙を突かれまくりとなった合馬も、まるで具体性のない内容で、付き添い魔術師――と孝治と友美も思っている男に、大声で号令した。

 

「朽網ぃーーっ! 逃がすんじゃねぇーーっ!」

 

 友美がここで突っ込んだ。

 

「なんね、これやったらまるで、自分の『間抜け』ば世の中に公表するようなもんやない☠」

 

しかし命令を受けた側の朽網には、友美のように、絶妙なツッコミを入れる才覚はなかった。

 

「おう! わしに任せな♡」

 

 自分の中隊長の失態を、挽回して差し上げるつもりなのだろうか。望楼の手すり上で構えている女賊へ向け、朽網が両手の手の平を突きかざし、なにやら呪文らしきつぶやきを始めた。

 

「はあっ!」

 

 それから気合いの入った掛け声と同時。朽網の手から真紅の炎が現出。それが球状――火の玉となって、まっすぐ女賊に向かってバシューッと飛び出した。

 

「うわっち! 凄かぁーーっ!」

 

 初めて実物を見た――というわけでもないが、孝治は驚きの声を上げた。

 

 いわゆる最も一般的な攻撃魔術――『火炎弾』が登場したからだ。

 

 朽網はやはり、本物の魔術師であったわけ。


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