『剣遊記T』 第一章 災難は嵐の夜から。 (7) 「てめえかぁ! ずいぶんと俺たちをコケにしてくれたもんだよなぁ☠♨」
これぞ出番とばかりだった。合馬が守備兵たちを強引に押しのけ、賊(もはや女賊であろう)の前に躍り出た。
この騎士は相手が男であろうが女であろうが、それにはまったく関心がないようだ。しかも、ようやく追い詰めた獲物を前にして、やる気がギンギラギンに充満すぎるほど。そんな感じに、孝治には見えていた。
「張り切り過ぎばい、おっさん☠」
ついでに言えば、追い詰めた側は黒一色。逆に追い詰められた側も、これまた黒――と、孝治は最初、おもしろい色の取り合わせだと思っていた。
「敵も味方も黒っちゅうことっちゃね♪」
だが、合馬に付き従い、女賊を目の当たりにしている朽網が、孝治も気づいていなかった点を指摘した。
「ははぁ、そやつ、ただの賊じゃねえな☻」
「うわっち?」
孝治は思わず、右横にいる朽網に顔を向けた。すると親切にも(?)、朽網が『点』の解説をしてくれた。別に孝治向けでは、ないのだろうけど。
「今夜みてえな闇夜で目立たねえようにするには、黒より茶色混じりのほうが有利だからなぁ☛ そやつ、それを計算に入れてやがるぜ♫」
「なるほどぉ、そういうことか☆」
朽網の説明に納得をしたらしい。合馬が酷薄そうな笑みを浮かべていた。
「ほんなこつっちゃねぇ✍」
孝治も今の説明を聞いて、勝手にうなずいたりした。同時にもうひとつ、自分の思い違いにも気がついた。孝治はこそこそと兵たちのうしろに戻ってから、友美相手にささやいた。
「あの『くさみ』っちゅうおっさん、合馬の子分っち思うちょったけど、しゃべり方ばよう聞いたら、けっこう偉そうな口しちょうばい☢☠」
孝治は最初、合馬のうしろに家来のようにしてついていく姿を見て、第一印象で朽網を、目下の付き人だと思っていた。しかし、タメ口としか思えない会話っぷりを聞いて、自分の認識が、どうやら間違っとったっちゃね――と、考え直すことにした。
この一方で友美は、合馬と朽網の関係など、まるで関心の外だった。
「わたし、あげな中年同士の上下関係なんち、どげんだってよかっちゃよ♠ それよか黒に茶色混じりんほうが夜は有利なんち、わたし、初めて知ったっちゃね♐」
「友美はいつも冷静やけねぇ☺ やけん知識んほうに、興味があるっちゃね☞ 確かに意外に思うやろうけど、茶色混じりの黒んほうが、全部黒よりずっと、夜に溶け込んで見えるっちゃよ✎」
などと友美の小さな驚きに苦笑しつつも、戦士の学校で習った知識を思い出して薀蓄{うんちく}しながら、孝治は周囲を見回した。
守備兵たちは、相変わらず困惑している様子だった。それも無理はないだろう。今も彼らが見ている前で、騎士と女賊の対峙が続いているのだ。
このにらみ合う両者に目を移し、孝治はあせりの気持ちを、胸の中に大きく生じさせた。
「それはそうとぉ……ちょっとまずかよ、これは……☠」
「いったい、どげんしたと?」
友美が不思議そうな顔で尋ねるが、孝治にとってまずい理由は、少々複雑だった。そもそも孝治は、犯罪者を憐れむ感情など、希薄なほう――ではあった。だけど、相手が女性ともなれば、話は別になる傾向もあった。
たとえ盗人であっても女性であれば、これは戦士の暗黙的義務として、大いに寛大な扱いが必要とされる場面なのだ。しかも孝治は、世の中の女性全般を、徹底的に擁護する主義(フェミニズム)を自認していた。
その深い理由を問われれば、ただなんとなく――としか答えられないのだが。
とにかく表向きはカッコいい騎士道的信条を掲げている以上、できることなら女賊を自分が捕まえ、命だけは助けてあげたい――と、虫の良いことを思っていた。
だが現実は、無理そうだった。
「ほんなこつぅ……どげんすればよかやぁ……☁」
今の合馬のド迫力を前にして、新米の戦士――孝治に手を出せる余地など、まったくなし。口を出すのも超危険といえた。
「お、おれはぁ……自分の主義も守れんと、みすみす女ん人が目の前で殺られるとこば、ただジッと黙って見とかんといけんのやろっかぁ……でもぉ、おれかて斬られとうないしなぁ……☂」
などと真剣に悩みながら、孝治は繰り返し周りにいる守備兵たちの顔を見回してみた。やはり全員が全員、そろって固唾を飲んでいる顔をしていた。
その理由は、孝治にもすぐにわかった。なんと言っても今ここでよけいなお節介を合馬にかけたら、問答無用で自分が鉄拳の餌食{えじき}になる。そんな風に、たぶん孝治と同じ考えでいるだろうから。
それも今だと、剣という凶器も加わるに違いない。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto ,All Rights Reserved. |