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『剣遊記T』

第一章  災難は嵐の夜から。

     (5)

 そんな息苦しい状況の下である。誰もがいつ終わるともしれない緊張を強いられているときだった。

 

「賊がおったばぁーーいっ!」

 

 城の東側、別棟の望楼の方向から、侵入者発見の報が聞こえたという、話の急展開。これにて孝治と友美はもちろん、守備兵たちも、どんなにほっとしたことだろうか。

 

「良かったぁ〜〜♡ これでこっちがブタれんで済むっちゃけ♡」

 

 兵たちの心境を代弁するわけでもないが、孝治は思わず胸をなで下ろした。とにかく賊発見の朗報で、合馬から鉄拳をされる可能性が、多少なりとも減ったのであるから。

 

「ちぃっ! やっと見つかったかぁ! てめえらの中にも、ちったあ犬や猿よりゃあマシなのがいたってことだよなぁ☻!」

 

 相変わらず口の悪い黒い騎士――合馬の眼光が、ギラリと光った。

 

「うわっち!」

 

これは果たして、孝治だけに見えた目の錯覚であろうか。

 

(この合馬っちゅうおっさん、人ば斬りとうてウズウズって感じがモロ出しやねぇ☠ まあ、こいつが勝手に張り切るんはええとやけど、城のほうがあとの始末に困るんやなか? 賊ば問答無用で叩っ斬ってしもうたら、たぶん兵隊さんたちがあとで渋々、証拠もなんも残っとらんのに調査ばせんといけん、っちこつなるっち思うとやけどねぇ……☠)

 

 孝治は新米の戦士である。加えてこの場では、まるで無関係な赤の他人でもある。それがわかっていても、孝治は事後の心配をつぶやかずにはいられなかった。

 

また、周りの守備兵たちにも、思いは孝治と同じようだ――の雰囲気があった。だが、この場での最高権力者であるらしい合馬相手に意見が言える無謀な勇気の持ち主は、孝治の見る限りでは、やはりひとりもいないようである。

 

恐らくではあるが、この城の中のすべてにおいて。


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