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『剣遊記T』

第一章  災難は嵐の夜から。

     (2)

 けっきょく、守備兵から引っ張り出された格好。孝治と友美は、ワラ小屋から連れ出された。

 

 このときになって孝治はようやく、現在の城の状況を把握した。城内はすでに、上へ下への大騒ぎの渦中にあったのだ。

 

「どこやぁーーっ! 賊はどこ行ったとかぁーーっ!」

 

「侵入者はまだ城におるとに、なして見つからんとやぁーーっ!」

 

「草の根分けても捜すったぁーーい!」

 

 舞台の説明を繰り返す。ここは東洋、日本国の西の端。九州北部に広がる山岳地帯――耶馬渓の奥にある、羽柴公爵の支城である。

 

 羽柴家は今より五百年の昔、群雄割拠の戦国時代にあった日本国を、武力と魔術力で制覇した中央政権の織田{おだ}皇帝に仕え、現在は九州北部の統治を命ぜられている、由緒ある貴族の家柄である。

 

 その支城で金属製の甲冑に身を包んだ何十人もの守備兵が、統率もなにもなしで右往左往しまくっていた。

 

 孝治と友美もこの騒動に、完全に巻き込まれた格好。侵入者の捜索に追い立てられた。そんなふたりは現在、城の望楼に近い、真下に中庭が眺められる、二階の通路の窓際にいた。

 

(おれは公爵さんから雇われちょる兵じゃなかっちゃよ☁ 偶然この城に来ただけの、ただの客人なんやけんね☹)

 

 孝治の頭の中では、先ほどからの不平不満が継続中。ついでに口からこぼれる独り言も、我ながら情けない愚痴ばかりが続いていた。

 

「アホらし☂ なしておれが、こげな他人の騒動に無料奉仕で付き合わんといけんとね? ほんと冗談じゃなかっちゃけ☠」

 

「まあ、店長から請けた大事な手紙を渡す仕事やけん、それも仕方なかやろ☻ あいにく公爵さんは留守やったけど、代理ん人に手紙ば渡せたまでは良かったんやけどねぇ♡」

 

 孝治の愚痴に唯一付き合ってくれる相手――友美は、この騒ぎをむしろ、楽しんでいる様子がありあり。

 

「わたしらは新米やけ、パシリん仕事が多かっちゅうのも仕方んなかろうも☻ それよか仕事ば無事に終わらせただけでも良しってせないけん、っち思うわ、きっと♡」

 

「そ、そりゃ、そうなんやけどぉ……♦」

 

 友美からそのものズバリを指摘され、孝治はしゅんとした思いになって口をつぐんだ。だが、友美の次のよけいなひと言で、ムカつき気分があっという間に復活した。

 

「でも、おもしろいことになりようっちゃねぇ♡ 城ん中、思うた以上の大騒動やけ☜☝☞ これやったら猫ん手でも借りとうなるってもんやね♡」

 

「おれは猫じゃなかっちゃよ! 新米でも立派な戦士なんやけね♨」

 

 孝治は再び口をとがらせ、友美に荒めの声で返してやった。

 

「その立派な戦士になった理由なんやけどぉ⚆⚈」

 

 ところがすかさず反撃のセリフを返せる機転ぶりが、友美の口達者な一面なのだ。

 

「孝治はちんまいときから男ん子やのに優しい顔……つまりが女の子顔なんやけ、男らしい戦士の道ば選んだんよねぇ♡」

 

「うわっち!」

 

 孝治にとってはあまり触れてほしくない、過去の身の上事情であった。実際、幼いころから顔付きを理由にした女の子扱いで、どれほど歯がゆい思いをしてきたものやら。

 

「そげなこつ言わんといてや☢ おれだって自覚ばしちょるんやけ♐ それよかやねぇ……☕」

 

 右手人差し指を口の前で立て、孝治は周囲を見回した。

 

「おれたちって、こん城ん中で、けっこう目立っとうっち思わんね?」

 

「そうっちゃねぇ……★」

 

 これに友美は、すぐに同感をしてくれた。なぜなら金属製の甲冑を着た守備兵たちの中で、孝治と友美だけが、牛革製の軽装鎧の出で立ちでいるからだ。

 

 もちろん孝治は男性用。友美は前の部分が盛り上がった、女性用の革鎧を着用していた。それも猛々しい男どもの中で、女の子がひとりだけの状態。これで捜索の邪魔にはならないのだろうか。

 

 これが、ならなかった。

 

「ええっちゃね☛ 友美も魔術師の端くれやけ、おれの援護ばきっちりしちゃってや✌」

 

「わかっとうって♡」

 

 孝治の小さなささやきに、友美が右手の指を二本立て、ニッコリと微笑んでくれた。

 

つまりが友美は魔術師。どのような危険な事態に遭遇しても、自力で切り抜けられる実力があるのだ。

 

「孝治もしっかり、わたしば守るっちゃよ♡」

 

「わかっとうって♠」

 

 続いての友美の期待の声に、孝治はそっくりそのまま、同じ返事で応じてやった。

 

「で、話のついでなんやけどぉ……✋」

 

「なんね?」

 

 さらに続く孝治のひそひそ声に、友美が顔を寄せて右の耳を傾けた。孝治は友美の可愛らしい耳に、小さくそっとささやいた。

 

「そろそろこん騒ぎに乗って、城からバイバイさせてもろうても、ええんとちゃう?」

 

「なっさけない考え方やねぇ〜〜☁」

 

 孝治の戦士にあるまじき企みを聞いて、友美が呆れたといった感じで瞳を細めた。今の会話が周囲の兵たちの耳に入らなくて、物凄く幸いであっただろう。現実、兵たちはそれどころではないドタバタぶりであるし、もしも聞こえていたら、『なん言いよんのか!』と、怒鳴りまくられたであろうから。


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