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『剣遊記T』

第一章 災難は嵐の夜から。

     (1)

 激しい雷鳴の夜だった。

 

 横殴りの豪雨も、まるで大瀑布を思わせるほどの猛烈ぶり。

 

 これらの轟音で、若き戦士――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}は、旅の疲れを癒す眠りを、物の見事に妨げられていた。

 

「うるさいっちゃねぇ……☂」

 

 ここは一般の人々が暮らす町から遠く離れた、九州の北部。山国川の上流に位置をなす、景勝地として名高い耶馬渓の深い山々。天然杉の森を背景にしてそびえる、緑の蔓{つる}に覆われた、石造りの古城の中である。

 

 その古城の正門右横。城壁に張り付くように建てられている小さな小屋の中に、孝治と、もうひとりがいた。

 

 ショートカットで前髪を可愛らしくそろえた女の子のパートナー。名前を浅生友美{あそう ともみ}という。

 

「寝れとうけ? 友美ぃ……⛅」

 

「ううん、いっちょんちゃーらん……☂」

 

 ふたりは悪路の末に、耶馬渓山中の古城を、依頼された仕事で訪問。無事に役目を終えたものの、急な嵐で足止めを喰らっていた。

 

 仕方なく里に下りる予定をあきらめ、ひと晩の宿に、ボロっちいワラ小屋を提供されていた。

 

小屋自体はともかく石造りだが、寝具は全部ワラだった。

 

 ずいぶんとひどい扱われ方だが、ふたりとも若輩ゆえに、舐められて軽く見られたのであろう。

 

 そんな夜に、事件は発生した。

 

「おらぁ! にしらも起きんけぇ!」

 

 ノックもなしにワラ小屋の扉がドタンと開かれ、城の守備兵がひとり、孝治と友美、ふたりだけの空間に乱入した。

 

「うわっち! 嘘やろぉ!」

 

「好かんなぁ、もう……☠」

 

 孝治と友美はそろって、不平不満で口をとがらせた。理由など皆目わからないが、とにかく迷惑千万な出来事に間違いなし。そんなふたりに、乱入者はお構いなしだった。

 

「グズグズしゃあしいこと言うんやなか! にしらも手伝ってもらうけん!」

 

 突然の無遠慮は、外の雷雨以上に強引だった。孝治は自分たちを叩き起こしてくれた大分弁の守備兵に、完全ムカつきの気持ちで尋ねてみた。もともとから眠れなかったことは棚に上げ。

 

「い、いったい、なんがあったとね? 人の睡眠、邪魔してからにぃ……☠」

 

 守備兵は孝治の問いに、俺の言うことば聞くんが当たり前――の態度で、一応の状況説明をしてくれた。

 

「城に盗人が入ったとたい! にしらも捕まえるのに協力してもらうけんね!」

 

「うわっち! なしてぇ!」

 

 孝治、思わず仰天。その勢いのままワラの上からバネ仕掛けのごとく、体全体をパッと起き上がらせた。

 

 今からこの大雨の中を、嫌でも走り回されるのだ。このような難行はきょうまで十八年生きていた中で、最も過酷な事態となりそうだ。

 

 おれはこの城の持ち主――羽柴{はしば}公爵に手紙を届けただけの、身も蓋{ふた}もない言い方ばすれば、ただのパシリやけんね⛑ なのにこれは、そーとーな災難に巻き込まれたもんたいねぇ〜〜と、孝治はこれから始まる大騒動を、胸の中でいっぱいに予感した。


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