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『剣遊記T』

第一章  災難は嵐の夜から。

     (17)

「ちょっと孝治ぃ! 早よう起きんしゃいよぉ!」

 

「……な、なん……☁☹」

 

 いつもんこつやけど、友美は荒っぽい起こし方するっちゃねぇ〜〜と、孝治は半分、夢見心地の中でつぶやいた。

 

 友美との付き合いも長いので、旅の宿などでの強引な起こされ方は、言わば日常茶飯事。これがふたりの定番となっていた。

 

 しかし、きょうに限っていつもの『定番』とは、雰囲気に大きな違いがあった。友美がなぜか、いつもより格段に真剣なのだ。

 

「のんびり夢見とう場合やなかろうも! これは現実に起きとう悪夢なんやけぇ!」

 

「あくむぅ?」

 

 妙な単語を友美が口から出したときになって、ようやく孝治は瞳を覚ます気になった。それからすぐに仰向けの体勢から、上半身をとにかく起き上がらせた。ついでにこのとき、孝治は自分が地面の上で、直接仰向けで寝ていたことにも気がついた。

 

「うわっち! 汚かぁ〜〜☠ おれっち非常識やねぇ〜〜☢」

 

 これは少し、恥ずかしい気持ち。だけど意識のほうは、いまいち曖昧。頭は今も、ぼんやりとしていた。

 

この一方で、友美は心配そう――というよりも、なにか不思議なモノを観察するような顔をして、孝治を真正面から見つめていた。

 

 水浴を終えて間もないのだろう。ショートカットの髪のところどころに、小さな水滴が残っていた。

 

「ん? 魔術師はもうおらんみたいやねぇ♐」

 

 孝治の半分朦朧{もうろう}としている意識の中では、今も女賊魔術師とのドタバタ劇が継続中でいた。それもけっきょく、まんまと逃げられたところまでは覚えていた。しかもその後の展開は、まったく不明のままだった。

 

 孝治はぼんやり気味である頭をなんとか再稼働させて、瞳を丸くしている友美に訊いてみた。

 

「……魔術師から変なジュースみたいな眠り薬ば飲まされて眠っとったんやけどぉ……友美は見とらんかったね?」

 

「魔術師って、あの女賊さんのことけ? ううん、見とらんっちゃよ⛔ もしかしてここに出たと?」

 

 友美は頭を横に振った。だが、次に出た友美のセリフは、孝治にとって、予想もできない質問であった。

 

「それよかひとつ……訊きたいことがあるっちゃけどぉ……あんた……ほんなこつ孝治け?」

 

「うわっち?」

 

 孝治は正真正銘、奇々怪々な思いとなった。恐らく鏡で今の自分の顔を見れば、目が完全に点の状態になっているだろう。しかも長い付き合いであるパートナーから、あまりにも基本的すぎる質問をされるとは。おかげで返すべき言葉も声質が、見事に裏返り気味となっていた。

 

「お、おれは……うわっち?」

 

 いや、声が裏返っている――というよりも――本当に変質していた。

 

「お、おれは……孝治やけど……な、なんか変みたい?」

 

 孝治は今になって、自分自身がいつもと異なっていることに気がついた。

 

 自分の体に違和感がある。これは産まれてからきょうまでの十八年間で初めて感じる、極めて奇妙な感覚だった。

 

 そんな自分にとまどっている孝治に向け、友美がさらに尋ねてきた。眉間にシワを、少々寄せた顔をして。

 

「こ、これは……あくまで確認やけね✐ 名前と年齢ば言うてみ✑」

 

「お、おれん名は……☁」

 

 瞳の爛々{らんらん}たる輝きを見れば、まさに真剣な問いだと思える、友美の気迫。なにがなんだか訳がわからないまま、孝治はすっかりこれに圧倒された。

 

「鞘ヶ谷孝治……歳{とし}は十八歳……☁」

 

「その声が、いつもより高こうなっとるっち思わんね? まるでなんか、ヘリウムガスでも吸っとうような……⛲」

 

「そ、そげんみたい……☃」

 

 友美のさらなるセリフで、孝治は心臓がドキッと高鳴る気になった。

 

「……い、言われてみればおれん声……いつもよか甲高いような感じがするっちゃねぇ⚡ まるで声のオクターブが上がったみたい……それになんか、胸が窮屈な感じかてするしぃ……⚠」

 

「窮屈やったら、そん鎧ば外してみ★」

 

「そ、そげんする……☁」

 

 友美から言われるがまま、孝治は革製鎧の胸甲を、神妙な思いで脱いでみた。とたんになんだか、体がある種の束縛から解放された気分になった。

 

「あ〜〜、なんかほっとした感じやねぇ〜〜☀」

 

 これも今まで味わった経験のない、新鮮な気持ちでの脱衣であった。だがその安堵の気持ちも、ほんの束の間の至福でしかなかったのだ。

 

「うわっち?」

 

 孝治は自分の体の、ある大変化に仰天した。それも恐らく、人類史上空前。超特別級の大、大、大仰天だった。

 

「こ、これっちなんねぇーーっ!」

 

 胸甲を外し、下に着ている布製防衣も脱いでみれば――そこにはなんと、ふっくらと双子山の形状に膨張している、自分自身の胸があったのだ。

 

「お、お、おれの胸が大きゅうなっとぉーーっ!」

 

 完全に以前よりも音階が上がっている孝治の絶叫が、耶馬渓奥地の山間に、大きく木霊{こだま}した。

 

「胸……ううん、もうおっぱいっちゃね♋ でも、それだけやなかっちゃよ! こっちば来てみんしゃい!」

 

 孝治と同じで、友美の声も裏返り気味となっていた。その友美が恐慌状態となっている孝治の右手の手首を自分の左手でしっかりとつかみ取り、近くを流れている小川の畔まで(つまり現場は同じまま)、無理矢理ぐいぐいと引っ張った。

 

「うわっち!」

 

 今や完全呆然状態にある孝治に、抵抗する気力はなかった。友美はそのまま川辺まで孝治を引っ張ると、右手で水面を指差した。

 

「さっ、孝治、覗いてみ!」

 

「……う、うん……⚤⚣」

 

 孝治の頭は、ほとんどパニック。なんだか恐ろしい『怪奇物体X』を見るような思いで、孝治は恐る恐る川の水面を覗き込んだ。

 

「…………☁」

 

 そこに映っていたモノは、髪が長くて(肩より下まで伸びている)顔の輪郭が全体的にか細い、華奢{きゃしゃ}な感じの女性だった。ただし、孝治自身には見覚えが、大いに有り過ぎる顔でもあった。なぜなら確かに細部は異なっているものの、基本的な造形の大元は、孝治の知り過ぎている顔と、だいたい同じ形式であったからだ。

 

「こ、これって……誰?」

 

 水面に映っている女性の顔が、孝治の困惑そのまま、同じ気持ちの表情を表現していた。

 

「誰って……孝治やない☠」

 

 友美が裏返った声のまま、知りたくもない回答を、ズバリと答えてくれた。答える友美のほうも、本心では言いにくかったのかも。

 

「他の誰でもなかけんね……☠ あんたは孝治ばい♋」

 

「ちょ、ちょい待ち!✋」

 

 孝治は自分の右手の手の平を前に差し出し、まだなにか言いたそうな友美を止めさせた。それから慌てて、ある行動を実行した。

 

 自分の一番大事な所――男として最も気になる部分の確認だった(恥ずかしいので確認方法の表現は削除⚠)。

 

 もちろん友美には背を向けて。

 

 結果、得られた結論は、これまた仰天驚愕の極致であった。

 

「な、な、な、な、無い、無い、無い! のうなっとぉーーっ!」

 

 甲高くなっている孝治の絶叫――かつ悲鳴が、再び周辺の山々に木霊となって反響した。

 

「お、おれが……女になってしもうとぉーーっ!」

 

「あーーん! 孝治がぁ!」

 

 友美までが周辺に、大きな木霊を響かせた。

 

「孝治がほんなこつ、女ん子になってしもうたぁーーっ☂」


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