『剣遊記T』 第一章 災難は嵐の夜から。 (15) 両方の手の平を、こちらに向ける体勢。それはまさに、攻撃魔術を仕掛ける準備に他ならなかった。
「うわっち! これってぇ!」
羽柴公爵の城で、魔術師の朽網が見せてくれた攻撃魔術――火炎弾発射のポーズ。女賊も術の使い手なのか。それとも仕草だけを模倣した、単なるこけおどしなのだろうか。
答えは前者であった。
「うわっち! ちょ、ちょ、ちょっと待ちんしゃい!」
驚天動地である孝治の悲鳴など、女賊は最初{ハナ}っから耳に入れないようだった。しかも女賊の手の平から出たモノは、メロン大――なんてシロモノではなかった。なんとスイカ大である火の玉が、ドカァァァァンッと発射されたのだ。
「うわっちぃーーっ!」
ゴオオオオオオッと灼熱の轟音を響かせながら、高熱を帯びた火の塊{かたまり}。それを孝治は寸前でかわす離れ業に、なんとか皮一枚の僅差で成功した。それなりに鍛えた、戦士の身のこなしで。
このあと、際どく避けた火炎の玉が、まっすぐにススキの野原へと飛び込んだ。
グワュガアアアアアンという大轟音とともに、背後の原っぱの地面が大きくえぐられてクレーターが形成され、燃えたススキの葉が灰となって、周辺にバラバラと散らばった。
「な、なんしよんねえ!」
この突然の悪意に満ちた先制攻撃で、孝治は自分の身長以上の高さまで飛び上がった。
「な、なしておれに火ぃ投げるとやぁ!」
しかし孝治の憤慨はともかくとして、この女賊、相当な腕を持つ魔術師に違いなかった。
なにしろ宙は飛ぶわ、呪文抜きで火炎弾を放つわ(それも特大級)。おまけに朽網の火炎弾を、難なく弾いてのける荒技まで持っている。これではとても、孝治に太刀打ちできる相手ではない。
(も、もう……話し合いは無理ばい……☠)
だがそれすらも、悠長な考え方だった。女賊が続けて二発、三発、四発と、間髪を入れず立て続けにドカドカと、火炎弾を連射してくれたのだ。
「うわっち! うわっち! もうやめちゃってやぁーーっ!」
孝治はもはや、草むらを逃げ回るのが精いっぱいの有様。女賊の唯一の露出部分――両方の瞳を、じっくりと見ることもできなかった。
ドカンバカンと火炎弾の着弾地点からは大きな爆煙が噴き上がり、さらに何十個ものクレーターが追加されていった。
「な、なんちゅう無茶苦茶な女ねえ! おまけに底無しの精神力っちゃよお!」
などと逃げ回りながらでそれなりの評価をわめきつつ、そのついで、孝治はかなり聞き苦しい抗弁も試みた。
「ちょ、ちょい待ちんしゃい! おれはあんたの命ば助けたと!」
だがそれさえも、敵がい心に満ちているとしか思えない今の女賊には、まったく通用しなかった。そもそも足を伸ばして合馬を転ばせたとき、女賊はそれを見ていたのだろうか。
そのうちに孝治は、女賊の姿が自分の視界から消えている状況に気がつき、ハッと我に返った。 (C)2010 Tetsuo Matsumoto ,All Rights Reserved. |