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『剣遊記T』

第一章  災難は嵐の夜から。

     (11)

 城全体が、まさに天地が引っ繰り返ってのテンヤワンヤ。誰もがドタバタの喜劇を演じていた。

 

 その最中に、突然だった。

 

 まさに『泣きっツラ😭に蜂』のごとく、落雷がドンガラガッシャアアアアアアアンッと、城を真上から直撃したのだ。

 

「い、稲妻けぇーーっ!」

 

「どっひゃあーーっ!」

 

 いくら嵐の真っただ中とはいえ、思わぬ天の怒りであった。そのため周囲が強烈な閃光に包まれ、城にいる者全員、鼓膜が破れそうなほどの大衝撃に襲われた。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

「きゃあーーっ!」

 

 孝治と友美も、たまらず両手で耳をふさぎ、この場でペタンとしゃがみ込んだ。城の塔の最上部が周辺の森よりも突出している建物の形状が、これまたとんでもない災難を呼び寄せたのだ。おまけに石造りの城の特徴のひとつで、一部の塔は最上部の先端がとがっている形式が定番。これでは雷神に『どうぞ落ちてください☆』と、手招きをしてご招待しているようなモノだろう。

 

「賊が逃げよっぞぉーーっ!」

 

 衝撃が収まっていっとき経ってから、ようやくであった。兵士のひとりが望楼の外の方向を、右手で指差して叫んだ。

 

ここはさすがの合馬でさえ、両手で耳をふさいでいたのだ。女賊自身がどうなっていたのか皆目わからないのだが、とにかく彼女の周囲はガラ空きの状態。しかも女賊は突然の落雷で怯んでいる様子など、まったく微塵も、見ている者に感じさせなかった。

 

「な、なんちゅう強か心臓とそーとーデカい強運っぷりなんやろっか……

 

 自分も少なくとも強運のほうに手を(正しくは足を)を貸しておきながら、孝治は目を見張る思いでつぶやいた。これではまるで、落雷――天が女賊に本当に味方をしているとしか、他に言いようがないではないか。

 

そこへ、さらなる最悪の事態が発生。落雷で破壊された城の最上部が瓦礫{がれき}や破片となって、真下の望楼にガラガラと落ちてきた。

 

「うわぁーーっ!」

 

「た、退却ぅーーっ!」

 

 兵たちがまたも大慌てで、バタバタと城内に駆け込んだ。

 

「このボンクラどもぉ! そこどけぇ!」

 

 朽網も同様だった。おまけにこんな場合に有効そうな、魔術の使用も忘れている感じ。我先に城内へと逃げ込んでいた。一応主人だと思われる合馬の安否も、今はまったく頭にないようだ。

 

「なんねえ、あん魔術師、ちぃとも頼りになっちょらんばい☠」

 

 友美がまたも恒例で、チクリと嫌味をつぶやいた。この一方で孝治は、今は悪口どころではなかった。

 

「人んこつ言うちょう場合やなかぁーーっ! おれたちも逃げるったぁーーい!」

 

 孝治も友美もふたりそろって、周りの守備兵たちよりも逃げ遅れていた。そのため当然、次の災難が降りかかってきた。

 

「うわっちぃーーっ!」

 

 孝治は思わず悲鳴を上げた。瓦礫がふたりの頭上から、バラバラと落ちてきたからだ。

 

 ところが瓦礫は、孝治たちを直撃しなかった。

 

「うわっち?」

 

しかも自然界の法則では絶対に有り得ないゆがんだ放物線を描き、空中で急カーブ。望楼ではなく、四階下の中庭に落下していった。

 

 この怪現象の理由を、孝治はすぐに理解した。

 

「あっ、そうけ☆」

 

友美が即座に両手を頭上に挙げ、魔術で瓦礫の落下方向を変えたのだ。

 

「サンキュー、友美♡ 助かったっちゃよ♡」

 

 孝治は冷や汗😅をたらたらと流しつつ、友美にペコリと頭を下げた。

 

「初めに言うたやない✌ 孝治ばきちんと援護するっちね♡」

 

 けっこう体力を使うらしい魔術にも関わらず、友美はニッコリと微笑んでくれた。

 

 とにかくこれにて、孝治と友美も、城の中にちゃっかりと避難完了。望楼には女賊と合馬だけが残された。

 

「くそぉ! 何度も何度も小癪な真似をしやがってぇ!」

 

 自分を見捨てた仲間など意にも介さず、それどころか合馬の頭の中では落雷までもが、女賊の仕業となっているようだ。

 

しかし、さすがの鬼上官も、左手で自分の頭をガードし(右手は大型剣を握っているので)、瓦礫と破片の残りを右に左に避けるのが、今や精いっぱいの状態。やはり落雷は女賊にとって、これ以上が考えられないほどの天の助け――好機であった。

 

 その好機を逃すまいとしてか、少なくとも観念の様子など感じさせないまま、女賊が大胆にも、手すりから見事な跳躍を決行。四階の望楼から空中に身を投げ出す暴挙をしでかした。

 

「うわっち! ウソやろぉ!」

 

 我ながら間抜けと承知しつつ、孝治は驚きの声を上げた。

 

 無論合馬とて、愚鈍ではなかった。

 

「このクソ野郎ぉーーっ! 逃がすかってんだぁーーっ!」

 

 素早い動作で左手を伸ばし、望楼から飛び降りようとする女賊の衣装の裾{すそ}の部分を、ガッチリ鷲づかみにしようとした――が、遅かった。

 

 あとわずかの差で、手が届かなかったのだ。

 

 空中に身を投げた女賊は、そのまま自由落下で地面に叩きつけられ――孝治はそのような、凄惨な光景を頭に浮かべた。

 

「うわっち! 駄目ばい!」

 

 だが女賊は、まるで見えない階段を下りるようにして空中をふつうに歩きながら、地上への着地を無事に成功させたのであった。これにひと呼吸遅れてから、孝治は女賊が起こした奇跡的出来事に、二度目の驚き声を上げた。

 

「うわっち! 助かっちょる!」

 

 瓦礫の雨がやんだ望楼から、恐る恐る四階下の様子を覗きながらで。ただし、相変わらずの闇夜である。空中を歩く女賊の姿は、夜の闇に混じってぼんやりとしか見えなかったけど。

 

「なんビックリしよんね✋✊ あん人が魔術師っちこつ、孝治かてさっきから見とったろうも☆」

 

「うわっち……そうやった☀」

 

 同じく一部始終を見ていた友美が、きつい口調で孝治に言ってくれた。

 

「そげんこつ……そげん強調せんかてよかろうも……☠」

 

 孝治は顔面真っ赤の思いで、頭の髪を右手でボリボリとかいた。それからまた地上に目を移せば(今も全体の光景がぼんやり気味であるが)、女賊の魔術師はすでに、城の周辺に広がる天然杉の森の中へと消えていた。

 

 全身が闇に溶け込む黒に茶色混じりの忍び装束は、まさにこの逃走のためのモノだったのだ。


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