『剣遊記番外編U』 第一章 古都の狼藉者。 (9) 「せ、先生ぇーーっ!」
弟子たちが慌てて、ひざまずいている道場主の元へと駆けつけた。
そこで彼らは息を飲んだ。
烏賊不破の両方の腕が、曲がってはいけない方向にねじ曲がっていたからだ。しかしそれでも、烏賊不破は名門道場の筆頭であった。
「や……やつはどこやぁ……?」
息は荒いが、まだいるはずの敵を求め、烏賊不破が門下生たちに向かってうめき声を上げた。
その返事は、すぐに戻ってきた。
「わしならここじゃ!」
このとき驚くべき事態。板堰は烏賊不破が飛びかかった際の最初の立ち位置から、ほとんど変わらない場所にいた。つまり一歩も動いてはいなかったのだ。
「おのれぇ! ようも先生を!」
すぐに弟子たちが殺意をあらわに、師を倒した道場破りを多人数で取り囲んだ――が、板堰は一切、彼らには動じなかった。それどころか、凛とした大きな声を張り上げ、周囲を一喝した。
「そげーおらばんでも峰打ちじゃけん、身は斬っちょらん! 腕の関節がちーとズレとうだけじゃあ! じゃけーあとで勝手に戻しとうたらええ! それより約束どおり、看板はもらってくけー! そこけっぱんづかんで、道を開けてもらおうけー!」
それこそ毅然というより傲慢そのものの態度で、板堰が道場の出口へと歩みを進めた。
勝負は完全に決着した。よって、雑魚どもにはもう用はないんじゃ――と言わんばかりの面持ちで。
このド迫力で、弟子たちの闘志は一気に萎えた。そのため取り囲んだはずが、逆に左右へと別れる始末。板堰に花道を進呈するような有様となった。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |