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『剣遊記番外編U』

第一章  古都の狼藉者。

     (8)

「き、貴様ぁーーっ!」

 

 野次馬たちが黙って耳を傾けている間にも(ひとり例外)、道場内では渾身の一撃を簡単にかわされた烏賊不破が、憤怒の目付きで道場破りの戦士――板堰をにらみつけていた。

 

「わいの剣をかわすとはぁーーっ! 貴様の流派はなんなんやぁーーっ!」

 

 これに板堰が、張りのある怒声で返した。

 

「言うたはずじゃあ! わしに師はおらんけん、ゆえにわしの剣は我流! 邪剣とぎょーさんちゃーけられても否定はせんけー!」

 

「邪剣やてぇーーっ!」

 

 自身の鎧にかぶった壁の破片を右手で振り払いながら、烏賊不破が再び大上段の構えを取った。

 

「どこぞの馬ん骨とも知れん邪剣に、我が剣が遅れを取るなんぞ断じて有り得んのやぁ! 闇の邪は正の前に朽ち果てなあかんのやぁーーっ!」

 

 初めにかわされた一撃のときよりも、さらに甲高い叫びだった。その声と同時に、烏賊不破が板堰の脳天を目がけ、剣をブワンと振り下ろした。

 

 これを正面からまともに直撃すれば、戦士は頭がい骨から背骨に至る一直線で、体を両断される事態となる。

 

 練習場の左右の壁に居並ぶ門下生たちも、これで師匠の勝利を確信した。

 

 完全に。

 

 ましてや師匠の剣が敗れようなど、夢にも考えなかった。

 

だが、次の瞬間だった。

 

「な、なんやてぇーーっ!?」

 

 烏賊不破の眼前から、板堰の姿がふいに消失した。それこそ霞みか幻のごとく。

 

 門下生たちが一斉にざわついた。

 

「や、やつはどこ行ったんやぁーーっ?」

 

「おまえ見とらんか?」

 

「し、知るかぁ!」

 

 はっきりと申して、無駄な騒ぎの繰り返し。このため烏賊不破の集中力が、弟子たちの間抜けな騒ぎに気を取られる結果となった。

 

「し、静かにせんかぁ……ぐああああああっっ!」

 

 道場主たる烏賊不破が、その事態に気づいたときには、もう遅かった。剣を持つ彼自身の両腕が、激しくバッギィィッッと、強打をされたあとだったのだ。

 

 骨の砕けるにぶい音が響き、烏賊不破がそのまま練習場の畳の上にひざまずいた。

 

両足の膝を、床に付ける格好となって。


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