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『剣遊記番外編U』

第一章  古都の狼藉者。

     (4)

「おっ♡ またなんかあっとうようやで!」

 

 意識が半分、朦朧となりかけている主人ではあった。ところが外からの声を耳ざとく聞きつけ、すぐにエルフの吟遊詩人から話をそらすようにして、カウンターから表の通りに目線を変えた。

 

 無論吟遊詩人も主人につられ、いっしょになって、出入り口の外のほうへ目を向けた。店内から外の光景がよく見えるわけではないが、通行人たちがなにか騒々しく、西から東の方向へ走っていく様子がチラリと感じられた。

 

「おや? 『なんか』とはいったい何事でっか?」

 

 たった今まで、自分自身の身の上話に熱中していたはずだった。だけどそんな自分を、すでに忘れているかのような振る舞い。興味は早くも、外の騒ぎに移っている感じでいた。

 

ここで吟遊詩人に早く店から出て行ってもらいたくなった主人が、これぞチャンスと、話題を外の騒ぎに振り向けさせた。

 

「聞いてのとおりの『道場破り』でんがな! ここ京都はあちこちに戦士を鍛える道場が仰山あるんやけど、最近流れの放浪戦士がなんを気取っとうかよう知らへんのやけど、いきなり道場にいちびりながら殴り込みをかけて、負けた道場の看板を持ってってしまいまんのや☠ そやさかい、お客はんも吟遊詩人やったら、話のタネにひとつ御覧になりはってはいかがでっか?」

 

「そうでんなぁ☀ ほな見に行ってきますわ♡」

 

 すぐに話に乗ってくれ、椅子から立ち上がるエルフを見て、酒屋の主人は心からの安堵を感じた。

 

 これでとにかく、殺人的長広舌の嵐から、命からがら逃れられるわけ。あとはこのような吟遊詩人が、二度と京都の地に足を踏み入れない奇跡を願うばかりとなる。

 

 ところが、主人の小さな願い(?)を、踏みにじるかのごとくだった。エルフの吟遊詩人が、出口の一歩手前で立ち止まった。それから再び、主人に振り返って話を再開させた。

 

「ときにご主人、道場破りと申せば、ここ京都ではいくつかの伝承に残る名剣豪の話が代々に渡って伝わってはりますが、ご主人はいかほどの人物を御存知でっか? 私が風の噂をこの長い耳で聞いたところによれば、かって今から四百年ほどの昔、伝説中の伝説とでも申すべき宮本武蔵なる剣の達人が、当時の名門であった吉岡道場に殴り込みをかけ……」

 

「あ、あかん!」

 

 主人はたまらない思いで、セリフの途中である吟遊詩人の背中を両手で押し、店の外まで放り出した。

 

「話よりまず、実物を見てからにしはってやぁ! よそじゃ見れへん、京都の一代名物なんやさけぇになぁ!」


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