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『剣遊記番外編U』

第一章  古都の狼藉者。

     (2)

 などと、酒屋の主人が竪琴の品定めをしているところで、持ち主である吟遊詩人がまだ訊かれてもいないうちから、自らの楽器に関する由来話を勝手にしゃべり始めた。

 

「然様でんがな☆ この竪琴はこの私がもう何十年近くに渡って愛用しているひとつの商売道具……いやいや、そうやあらしまへん✋ もうそのような形式的な表現やのうて、立派過ぎるほどに私の大事で大切な旅のパートナーであり友でありまんのや✌ そして良き伴侶や言うても、決して過言やあらへん竪琴でございましてなぁ✍ どのような苦難の道の際にも、この竪琴のおかげで私は何度もぎょうさん、窮地から食い繋ぐことができましたんでおまんのや……⛴」

 

「ほほう、そうでっか⛲」

 

 この時点までは酒屋の主人も、ひさしぶりに旅の吟遊詩人からおもろい話が聞けまんなぁ――この程度の認識で、エルフの言葉に耳を傾けていた。ところがそれが後悔の気持ちに変化をするまで、大した時間は必要でなかった。

 

「思えば、私がまだほんの九歳のことでおましたんや✑ もちろん私どもエルフの九歳といえば、それはあなた方人間からしてもれば何十年も前の昔話になりまんのやが、それはまあ置いときましょ✃ とにかくすでに小生意気にも世間知らずにも、五歳のときから吟遊詩人としての大成を心に誓い、九歳にして故郷を出奔しはって北は北海道から南は九州、いや沖縄の南端までの放浪の日々⛐ 歩いた距離だけやったらどんな旅人にも負けへんと自負はしてまんのやけど、やはりそこは無名の悲しさ☂ たまに路銀稼ぎで地方の酒場やお祭りの縁日の席でどのような曲でもご披露させていただくことができまんのやが、食うや食わずの生活はなかなか打ち破れるものではございまへん☹ その間にも私は我が身を削って売れる物はことごとく売り尽くし、着ている服はもちろんのこと、髪の毛から血の一滴に到るまでも、きょうあるいは今夜の飯のタネとして、命を永らえさせてきたしだいなんでおますんや☕ そのようなご想像を絶するような極限的貧困生活の中、それでも絶対に手放さなかった唯一無二の親友がこの竪琴でございまして、もちろんこの竪琴は世に名のある一流の名工が精魂を込めて世に送り出した逸品などでは決してなく、ましてや私のごとき貧乏吟遊詩人でもなんとかして手に入れられる程度の価格でございますから、とても価値のあるプレミア品とは申せまへん☢ しかしですぞ! どのような名工が手塩にかけて創りはった名品でも、心なき物品とは言え心の底から相性の合う使い手と巡り合わへんかったら、それこそ陳腐なる表現になろうとは思いまするのですが、それこそ『宝の持ち腐れ』になりはるのではございまへんでしょうか☀ そう言う意味では、例えが不適切なんは承知の上なのでございまするが三級の竪琴とはいえ、これはほんまにこの私が音楽を奏でるためにこの世に贈られた逸品であると、この私は信じて疑わないわけなんでございまするよ☀☆」


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