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『剣遊記番外編U』

第一章  古都の狼藉者。

     (1)

 彼が財布から取り出した金貨の数、全部で三枚。

 

 それをカウンターの上に並べ、飲み客が酒屋の主人に、軽く一礼をする。

 

「どうもありがとうございます☀ きょうはでらい御馳走になりましたわ☺ で、お代はこれで充分でっかな? ご主人殿☞」

 

 そのいかにも紳士的なセリフの言い回し。さらに関西出身を堂々と披露している訛り具合が、酒屋の主人が抱く客への印象(好感度)を、とても心地良いものにした。

 

「いやあ、ほんまおおきにですわ☆ 実はここ京都も近ごろじゃ、あっぽ(京都弁で『阿保』)みたいなけったくそ連中が増えはりよってな、実にあきまへんってな気分になってたきょうこのごろなんでんがな☻ それがお客はんみたいに丁寧な方がいらはって、なんかこっちの気持ちまでが洗われるようでんなぁ♡」

 

「ほう、この京都の町も、そないなってまんのかいな? こらまた、でらいけったいなことでんなぁ♪」

 

 飲み客の口振りから察するに、彼の訛り具合は、京都弁だけではないようだ。それどころか関西だけではなく、その他各地も旅して周っているような雰囲気が、ありありに感じられた。これでは本当の地元がどこだかはわからないが、けっこう種類の多い関西弁が、いろいろと合成されているようなしゃべり方をしている。

 

 その飲み客である彼は、簡単そうな軽装鎧の旅姿で、剣や槍などの武器は一切身に付けていない感じ。目立つ持ち物といえば、背中に背負っている竪琴だけ。それが大きな特徴と言えない話でもないが、それ以上に大きな特徴を、本日の客は持ち合わせていた。

 

 いや、実は彼自身が大きな特徴といえた。それは全身が華奢{きゃしゃ}な細い体型のうえに、ふつうの人間の基準から考えて、異常とも言えそうな白い肌。さらに最も目に付く大きな特徴が、左右に長く伸びている細めの耳だった。

 

 そう。つまり主人の目の前にいる飲み客は、街で出会う機会が本当に珍しい、エルフ{森の妖精族}の男性なのであった。

 

 だからと言って、もちろん面と向かって『おまいさん、エルフでおますんか?』などと訊く野暮な行為は、一種の失礼に当たるだろう。そこで主人は、背中の竪琴のほうを、話題のタネにした。

 

「ちょっと訊いてもええでっしゃろっか? まあお見受けしたところ、お客はんの職業は吟遊詩人ってとこでっしゃろ? 背中にしょってる竪琴が、これまたずいぶん立派そうなもんやさかいに☞☺」

 

「ほう、これがわかりまんのかいな♡」

 

 エルフの吟遊詩人は、主人から褒められた竪琴を、さっそく背中から下ろしてみせた。それからいかにも自慢げな感じで、竪琴をカウンターの上に置いた。

 

(そりゃ、そない目立つ持ち方しよったら、なんか言わなあきまへんわな♥)

 

「こりゃまた、おーきに大した逸品でおまんなぁ♡」

 

 主人は本音を口から出さないようにして、一応商売道具であるお世辞を並べたてた。それが済むと改めて、吟遊詩人の竪琴に目を向けた。

 

 竪琴は一見したところ、全体が木製。相当の年季が入っている年代物のように思えた。

 

 材質はなんの木だかわからないが、ツヤのある外観からして、かなり長く使い込んでいるのは間違いなさそうだ。


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