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『剣遊記番外編U』

第一章  古都の狼藉者。

     (15)

「えーーい! もうええ♨ でーれーわかったけぇ!」

 

 今の今までぐっと抑えていたが、ついに板堰の癇癪が爆発。頭から見事な蒸気が噴き上がった。

 

「要するに、おまえがおらびよんのは、自分に合{お}うた相性のええ剣を探せっちゅうことやろ! そこまでお節介焼くんやったら、これからの責任を全部おまえが持たんけー!」

 

「わかりまひた☺ 責任を持ってほしいとおっしゃられるんやったら、この私が可能な手段でいかなることでもしまんがな☎ で、具体的になにをしたらよろしいでっかな?」

 

 話し相手をこれほどまでにブチギレさせておきながら、当の吟遊詩人は相変わらずのシレッとした態度。それどころかむしろ、その表情はウキウキとしているかのようである。

 

 これに板堰は、間髪を入れずに答えた。ここで黙っていれば、たぶんまた長い舌禍が始まるような気がしたので。

 

「何度もおらばせんでえー! でーれーわかっとうくせに! わしによう合{お}うた相性のええ剣じゃあ! あんたはエルフなんじゃけー、そこんとこなんか知っとうじゃろうがぁ!」

 

「そうでんなぁ……✍」

 

 問われて右手を下アゴに当て、真面目に考察する様子が、このエルフのまさに小憎らしい態度といえた。それからすぐに吟遊詩人が両手をポンッと打って、ほとんどムカつき状態にある板堰に応じ返した。

 

「これは私が京都に来る前に、古巣の奈良の町で聞いた話なんですが……✎」

 

(また長話けぇ……☠)

 

 板堰は再び、ジッと我慢の身となった。

 

「奈良県南部の明日香という名の村の古墳に、いつの時代から存在するのかまったくもってわかってあらへん、岩に突き刺さったままの剣があるそうなんですわ☛ しかも私の長い小耳に入れた話によれば、剣のほうになにやら明確な意思があるようで、高名を狙いはる戦士が過去に何百人もその剣を手に入れようと挑んではるんですが、いまだにただのひとりも、剣を岩から引き抜くことがあかんようなんですわ☢ これはまさに、先ほど私が申した剣が人を選びはるの実例なんやと思われまんなぁ♪ ではよろしければ、私の記憶に剣の場所がしっかりと記録をされておりますので、私があなた様をその場所までご案内して差し上げましょう♡ ちなみに剣の名称は、どこの誰やらが始めに言い始めたものやら、『魔剣チェリー』とか言われてるそうでして、はい♡」

 

「魔剣チェリーけー……なーんか女子{おなご}っぽい名前じゃのぉ……☁」

 

 呼び名は確かに、気持ちに引っ掛かるモノがあった。しかし魔剣の話自体は板堰の興味を、大いにくすぐるモノでもあった。

 

 日本の各地に伝わる魔剣や妖剣の伝承は、板堰自身がよく拾い聞く話であったし、たまに実際の現場を訪れた経験も多かった。その中にはもちろんインチキも含まれており、騙された回数も、恥ずかしながら少なくはない。しかし板堰は剣の話を耳に入れてしまうと、一刻も我慢ができない。矢も盾もたまらない。我ながら困った性分でもあるのだ。

 

「よっしゃ、ええじゃろう☆ わしをそこまで連れてってもらおうかのぉ⛴」

 

 人の話を嘘だと決めつける前に、とにかく自分で現場に向かって確かめる。これが板堰の信条である。

 

 こうして戦士が話に乗ってくれた様子を、吟遊詩人は嬉々として受け入れた。

 

「わかりました♡ この私が全責任を持ちまして、あなた様を剣の場所までご案内いたしましょう♡」

 

 話が決まったところで、エルフの吟遊詩人が恭{うやうや}しく頭を下げ、早速板堰を先導するようにして、その前を進んだ。

 

(まあ、ええじゃろ☻ もし騙されたとしたら、そげーなときはこいつにやいとお据えれば済むことじゃけー☠)

 

 戦士の本音は、大変物騒な考えだった。しかし今の時点において、それを表に出す必要はなし。その代わりでもないのだが、板堰は吟遊詩人に、新たな質問を尋ねてみた。

 

「じゃあ改めて名乗っておくけのぉ✊ わしん名は板堰守✎ で、あんたの名はなんじゃ?」

 

「ああ、私でっか?」

 

 エルフの吟遊詩人はこの問いにも嬉々とした感じ。実にうれしそうな口調で答えてくれた。

 

「私の名前は二島康幸{ふたじま やすゆき}と申しまんがな♡ などと一応戸籍上の名はあるんやけど、あとはほんま名も無い一介の吟遊詩人でございまして、このような私がエルフでありながら吟遊詩人の道を歩み始めた理由はと申しますれば……」

 

 このあとも延々と、吟遊詩人――二島康幸の長広舌が行なわれた話の経緯は、もはやここに記すまでもないだろう。


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