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『剣遊記番外編U』

第一章  古都の狼藉者。

     (14)

 できればこのまま、板堰は吟遊詩人に背中を向け、この場から早よ立ち去らないけんけー――いや逃げ出すべきじゃのぉ――とさえ考えた。しかしエルフのほうは、そうは問屋を卸してはくれないようだった。

 

 板堰から怒鳴られても、まるで本当にどこ吹く風。再び長い舌禍を開始させた。しかもいったん口火を切ると、あとはもう、際限の無い根掘り葉掘り話にまで発展していった。

 

「私の切ない問いに対する誠意のありまするご回答、真に感謝をいたしまんのやわぁ♡ つまりあなた様は、自身の剣の腕を向上させはることだけが眼中でありはって、それにより名を上げる功名心は関心の外やとおっしゃられるわけなんでございまするな☆ そのために日夜剣を振るっておられるようでございまするが、これは先ほど私が申したことの繰り返しになるのですが、あなた様の激闘に肝心の剣のほうが、ようついて行くことがでけへんかった⛔ いやはや、少しばかり、ここに落ちてはる剣の破片をご拝見させていただいたのですが、これは決して、この剣の力不足やのうて、むしろこれは名のある名工が念には念をお入れになりはって火にかけられ、また精魂込めて打ちはった、これを『なまくら』や言うたらバチが当たったかて文句が言えへんほどの絶品に違いないかと、この私は愚考するしだいなんでございまするよ⛨ 恐らくこれは私が思いまするに……」

 

「思いまするに……じゃとぉ?」

 

 もはや『なんぼーにもちばけてやぁ(どうにも勝手にふざけてろ♨)』の心境に達していた板堰ではあった。ところがこのとき、初めて自ら吟遊詩人の長ゼリフに、耳を傾ける気にもなっていた。

 

 今のこの心境――自分自身で不思議に感じる思いなのだが。

 

(どげーしてかのぉ? 続きが訊きとうなったわ……✍)

 

 その気持ちはとにかくとして、自慢する気など本当にさらさらないが、今にして思い返せば自分が折って使えなくなった剣の数は、きょうまでいったい何本――いや何十本になるだろうか。記憶を探っても数が把握できないのだから、恐らく百本から先は覚えていないだろう。

 

「言うとくが、わしが剣を折ったんは、きょうが初めてじゃないんじゃけー✋ そしていつも新しい剣を手に入れるたびに折ることの繰り返しじゃ✊ わしだってそれなりに名匠の剣を選んじょるつもりなんじゃが、どれも駄目やったけのー☠ もしかすると、あんたはわしが剣をつかむことができん理由でもわかるんけ?」

 

 ここでやっちもねー答えしか言えんかったら、斬る代わりに拳でぶっ飛ばすけん☠ まあ、最後の武器は勘弁しちゃるけのぉ――そんな極めて物騒な考えで、吟遊詩人に詰め寄る板堰であった。しかしエルフの吟遊詩人は問いに答える前に、まずは自分が背負っている竪琴を、戦士の前に差し出した。

 

「これは私が、もう何十年にも渡って愛用している竪琴なんでおますんやけど☟」

 

「てめえのそげーな自慢話はええんじゃ! 早くわしの質問に答えんけー!」

 

 イラ立ちを隠そうともしない板堰だが、エルフはそれに構わず、再び勝手に講談を始めてくれた。

 

「いえいえ、どうぞお気をお鎮めになってくれまへんか♪ この私が申したいことは、この竪琴は名も無き職人が恐らく安物の材料で創りはった、いわゆる取るに足らない代物なんですが、実はこれこそ、私との相性がピッタシカンカンなのでございまするよ☀ そやさかい今でも、日本の各地で歌を披露するときにはこの竪琴を奏でて、自分で申すのもなんでございまするが、大いなる絶賛を受けているしだいにてございます⚑ おっと、確かにこれではでらい自慢話でんなぁ♡ 少々話が横道にズレてしまいまひたので、ここらで本題に戻らせていただきまんがな♩ つまり私が言いたきことは、あなた様はいまだに御自身と相性がピッタンコカンカンとなるような剣と出会ってはいないのでは……と言うことなんでございまするよ⚐ いえ、これは決して私の持論っちゅうわけやのうて、どこかの町の風の噂で、この私の長い耳に入れた風評なんでございまして、戦士と……これはまあ騎士の方の場合にも当てはまるわけなんでございまするが、それはまあ置いときまして、戦士が生涯のパートナーとするべき剣が名匠に創りはった名剣であるとは、必ずしも当てはまらないわけなんでございまして、一流の戦士が愛用されておられる剣が、実は名も無い新米の職人が自分の修行がてらに焼いた駄剣やという実例も、私は何度か、やはりこの長い耳に入れてまんのやわぁ♬ そやからして、これはまさしく、戦士が剣を選ぶ一方で、実は剣のほうでも使い手を選んではる――と言うことでありまんなぁ♡」


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