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『剣遊記番外編U』

第一章  古都の狼藉者。

     (12)

「…………」

 

 板堰は無言のままで身構えた。たった今剣を失ったばかりであるが、両方の拳をギュッと握り締めた、構えと格好で。

 

 もしもこの男が敵――恐らくは烏賊不破道場からの追っ手――だとしたら、状況は最悪の部類であろう。なにしろこの場で長剣を失い、現在備えている武装は自衛用の短剣と――もうひとつの隠し武器のみであるのだから。

 

 ところがよく見れば、木の陰から出てきた男には、なんの武装の様子もなかった。

 

 もちろん、この物騒な御時世である。軽装ではあるが、流行りの最低限的鎧らしい衣服を着用していた。それからこれは武器の代わりにもならないのだろうが、所持している物は、背中に背負っている竪琴のみ。さらに言えば、先のとがった長い耳と華奢な体型。色白な肌から察すれば、答は明白だった。

 

「……吟遊詩人けー♠ しかもエルフとはのお……♣」

 

 ひと目見てわかる種族と職業を、板堰は警戒心を剥き出しにして言い放った。無論相手がいかに平和主義を装っていても、実体はどうだかわかったものではない。ところがいきなり的な登場の仕方をしたエルフのほうは、疑いの目で見られている現状を、少しも気にしていない感じでいた。

 

「いやいやいや、なんの予告もアポもなしにあなた様の前に出向いた非礼は、ここにお詫びをいたしまんがな☻ ただ私は正真正銘の吟遊詩人でありまするゆえ、あなた様にはなんの害意もなきことを、ぜひともご理解いただきたいのですが☺ いかがなもんでございましょうや♫♬」

 

 吟遊詩人は一応両手を上に上げ、無抵抗の態度を示していた。だけども口元では、不敵そうな笑みを絶やしてはいなかった。

 

 板堰はその職業柄(本人が言うところの傭兵)、この世の吟遊詩人なるものすべてに、ある種の嫌悪感を抱いていた。

 

 日々、命のやり取りを繰り返している戦士に比べ、彼らはそれを飯のタネにして、人々に吹聴して周る下賤な連中として。そのため板堰の吟遊詩人に向ける口の訊き方も、自然と横柄なしゃべり方となっていた。

 

「ご理解じゃとぉ? それを決めるんはわしの勝手じゃけー! とにかく用がないんやったら、こっからさっさと消えんかい!」

 

 長剣を失ってさえいなければ、その剣先を吟遊詩人に向けている場面であろう。戦士の剣が折れている今の状況を、エルフの吟遊詩人は彼ら専用の神に感謝するべきである。

 

 だけども吟遊詩人の馴れ馴れしさは、まるで鋼鉄のごとく。これほどの威圧を前にしても、まったく動じる様子はなかった。

 

 ただひたすら、両手を上げたまま、ニヤニヤとしているだけなのだから。これでは神様の御用もなし。

 

(……こいつ、もしかしたら感情がでーれー欠落しとるんけー?)

 

 このような疑い――と言うよりも心配を、逆に板堰は胸に抱くほどだった。


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