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『剣遊記12』

第七章 戦士はつらいよ、北九州立志篇。

     (9)

「でも、いくら荒生田先輩が望んだかて、本モンの新聞記者ば呼ぶんは、ちょっとばかし無理ってとこっちゃねぇ☺ 来るのはお友達ばっかしなんやけ♡」

 

 ここで友美も、孝治のセリフに悪乗りしてくれた。それからみんなで、声をそろえての大笑い。

 

「そりゃそうっちゃね☆」

 

「はははっ☀」

 

「ごめん!」

 

 そんなときになってから、北九州市衛兵隊の隊長である大門信太郎が、部下の砂津岳純と井堀弘路を引き連れてのご登場と相成った。

 

「うわっち! 隊長さん!」

 

「荒生田の大馬鹿者がついに結婚とは、ほんとの話か?」

 

 大門の所にも孝治はすでに、報告を入れていたのだ。ただこんなにも早く本人が来店するとは思っていなかったので、ついビックリしてしまったまでの話。

 

 すぐに黒崎が恭しく、大門に頭を下げた。

 

「やあ、これは隊長殿ではございませんか。わざわざお忙しいところを御足労おかけいたしまして、真に恐縮ですがや」

 

「あれぇ、隊長さん、きょうは先輩の婚約発表だけなんですけど、結婚はまだ先んこつって言うてあったでしょ?」

 

 孝治は不思議な気持ちになって、大門隊長に尋ねてみた。すると当の本人は自慢であるらしい鼻の下のカイゼル髭に右手を当てながら、店内をキョロキョロと見回しながらで答えてくれた。

 

「馬鹿もん、あの荒生田の大田分けが結婚するんだ♨ これ以上天変地異を招くような話があるもんかい♋ そこでわしがやつの奥方になるというお方に、あの馬鹿の監視役を重々お頼み申しに来たんじゃい☠」

 

 しかし口では悪態をつきつつも、大門の目はいまだにサングラス戦士の結婚が信じられないと言った感じの、奇妙な胸の内があらわとなっていた。

 

これは要するに、視線の行く先が、なんだか徹底的にブレまくっていると言うべきか。

 

そこへ見えない涼子が、大門の額にそっと、自分の右手を当てていた。

 

もちろんこれは、熱がないかどうかを診察――の真似事。でもって幽霊がいくらさわったところで、ただの凡人である大門が、これに気づくはずもなかった。

 

『相変わらず、こん人かて大袈裟っちゃよねぇ〜〜☠ 頭になんか、湧いてんのとちゃう?』

 

「しっ!」

 

 孝治はブルルッと、頭を横に振った。涼子のからかい言葉が、なまじ耳に入るばかりに。

 

ここで幸いな話。やはり幽霊に気づくはずもない砂津が、孝治にまともな質問をしてくれた。

 

「それはそうとやけど、主役の荒生田はどこおるとね?」

 

 後輩である井堀もまた、大門のように店内をキョロキョロと見回していた。

 

「そうっちゃ☢ せっかく荒生田先輩ば祝いに来たっちゅうとに、こんまんまじゃ帰れんばい☹」

 

「確かに砂津さんたちにも、声かけたっちゃけどぉ……☁」

 

 そんなふたりに、孝治は言い訳。

 

「衛兵隊の皆さんまで来てくれるなんち、こっちかて思わんかったっちゃよ♋ まあ先輩も、もうすぐここに帰ってくるっち思うっちゃけどねぇ♐ ちょっと街ばブラブラしとうだけっち思うっちゃけ☹」

 

 すると井堀が、何気なく孝治のうしろに回る動作。

 

「まっ、よかっちゃよ♡ おれたちもゆっくり待たせてもらうけんね♡」

 

「うわっち!」

 

 やっぱり毎度のパターン。井堀が隙を突いて、孝治のお尻を撫で撫でしてくれた。スケベ衛兵のスピードタッチは、本日も大いに健在であった。

 

「またやったっちゃねえ! てめえーーっ!」

 

「まあまあ、きょうはめでたい日なんやけ、こんくらいの余興は許してほしかっちゃね♡」

 

「しゃーーしぃったぁーーい!」

 

 つい頭にきて、孝治は逃げる井堀を追い駆けようとした。そこを大門が、右手で制して止めてくれた。

 

「ふたりとも、馬鹿な真似はよさんか♨ きょうは戦士の結婚を祝ってやる日だぞ♕ と言うことで、わしも今までの経緯{いきさつ}を、ここで水に流す気になっておるからな♐ それから……」

 

「それから……ですかぁ?」

 

 このときなんだか、孝治の背中をなにか冷たいモノが、ドドドッと駆け降りた。

 

 その悪い『なにか☠』が当たった。

 

「孝治とやらも、いつか我が大門家に嫁ぐ日が訪れようぞ♡ それまでご精進を積み重ねるのだぞ♡」

 

(うわっち! こん人いっちょも進歩しちょらんちゃ☠!)

 

 どうやら大門は、相変わらず孝治を真の女性と信じて、まったく疑っていない御様子。いまだにお嫁さん候補にしているようなのだ。これをうしろで見ている友美と涼子が、声を出さないようにして、クスクスと笑っていた(幽霊は出しても大丈夫なんだけどねぇ☻)。しかし孝治としてはもう、周囲が一瞬にして氷河期となったかのような心境。

 

(たとえ荒生田先輩の脅威が去ったからっちゅうても、今度はこいつらがおれの、新しい脅威っちゃね☠ 小型荒生田先輩の井堀に、勘違い男の典型になっちょう大門隊長ねぇ……おれの未来はいったい、どげんなるっちゅうとやぁ☢☢☢)


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