『剣遊記12』 第七章 戦士はつらいよ、北九州立志篇。 (8) 未来亭は本日、突然だけど臨時の休業日。それなのに客がひとりもいない店内では、給仕係のリーダーを務める由香の、会場を仕切る元気な声が響いていた。
「ほらぁ! そこに早ようテーブルば置いてぇ! それから天井の飾りば、もうちっと足りんばいねぇ☝」
その声に急かされ、給仕係の女の子たちが椅子やテーブルを広い店内の両端に並び替え、あちらこちらに色紙で作ったペーパーチェーンのアクセサリーを、天井から何十本もぶら下げていた。
かなりに庶民的だったりして。
「いつもんことやけど、祭りっちなったら未来亭って、ずいぶん気が早かこつするっちゃよねぇ〜〜☺」
一応自分自身も未来亭の一員でありながら、友美が感心の面持ちで、会場設営の光景を眺めていた。これに対する孝治のセリフは、簡潔明瞭気取りでいた。
「そりゃそうっちゃよ♡ みんながみんな、祭り好きなんやけねぇ☆☀」
『そうっちゃねぇ〜〜☺ これはあたしかて、もろビックリしちゃうくらいっちゃねぇ☻』
涼子も孝治に相槌を入れていた。とにかくそんな楽しい気分で会場を見つめている三人(涼子も入れて)のうしろから、ポンと孝治の右肩を軽く叩く者あり。
「うわっち、店長♋」
孝治たち三人(やはり涼子も入れる)の背後には、いつの間にやら黒崎店長と秘書の勝美が顔をそろえていた。
「ご苦労だがや。今回は秀正が遠くで仕事をしてるから、帰るのはあしたの晩ぐらいになるらしいから、仲人の話もあしたにするがね」
「それはそがんごつして、きょうは婚約発表だけなんごたるけど、相変わらず大袈裟んこつなりそうばいねぇ☻ なにしろ荒生田さんっち、こどん(佐賀弁で『子供』)ごつある人なんやけん☻」
それから勝美は、店内をキョロキョロと見回した。
空中にて。
「ところで、肝心の主役さんがおらんようばってん?」
勝美の言う『肝心の主役さんが』とは、もちろんサングラスの戦士のこと。なぜかそいつが、ここにはまだ不在中なのだ。
「先輩のことやけん、きっと記者会見までせんと気がすまんっち思いますっちゃよ☻☻ やけん今んとこ自分でマスコミば、勝手に周りよんとちゃいますけ☺」
孝治も勝美に負けじと、やや苦笑混じりの談を言ってやった。しかし内心で孝治は、実は大喜びの渦中にあった。なぜならこれであの変態野郎が所帯を持てば、もうおれば追っ駆け回すことはのうなるっちゃねぇ――と、本心から安堵をしているからなのだ。
でもってこれからは大いに安心をして、冒険稼業に精が出せるってものである。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |