『剣遊記12』 第七章 戦士はつらいよ、北九州立志篇。 (10) こんな調子で、孝治は内心で叫び続けた。もちろんそのような内部事情など、黒崎は知る立場ではなかった。それよりもどうやら、時間を気にし始めている様子でいた。
「そろそろ帰ってきてもええころなんだが、荒生田も博美さんも、まだ来ないがや……誰か呼びに行ってもらおうがやか?」
「そうですばいねぇ☁ 肝心の主役ふたりがおらんかったら、みんなまちんなかしとうとに、せっかくの祝いん席が盛り上がりませんばい……こがんなったら私が、ちょっと捜してきましょっけ✈」
勝美が未来亭の店長に応じ、背中の羽根を震わせて、テーブルの上から飛び立とうとしたときだった。このときになって給仕係の夜宮朋子{よみや ともこ}が、居並ぶ一同の真後ろに、小さく声をかけてきた。
「あにょ……店長にゃん……☁」
「ん? なんだ、朋子君だがね。なにか用がやか?」
すぐに気のついた黒崎が振り返った。孝治も同じだった。見れば朋子は、さも大事そうな用を言いつけられたかのような仕草で、エプロンの右ポケットから、一枚の紙を差し出した。
「実は……荒生田先輩から、こげにゃん預かりましたにゃあ……☎」
朋子のお尻にある猫しっぽが、左右にフラフラと揺れていた。黒崎は朋子から、その紙を受け取った。
「にゃんだがや……じゃない、なんだがや。あいつらしくもない、他人行儀なやり方だがや」
その、いつもとまったく違う荒生田からの手紙とやらに、黒崎が不思議そうな面持ちで、書かれている内容に目を通した。
「…………」
とたんに彼は無言となり、その紙を今度は、孝治に手渡してくれた。
「どげんしたとですか、店長?」
孝治も不思議な気分となり、紙に書かれている内容に瞳を通してみた。
「……えっと、オレは旅に出る⛴ 裕志も連れて行くけ✈ また冒険申請は事後ってことで、あとばよろしく……☻」
「ええーーっ!」
孝治の棒読みに一番大きな反応を起こした者は、給仕係を束ねる由香であった。彼女は会場準備を行ないながら、ちゃっかりと孝治たちに聞き耳を立てていたらしいのだ。
「裕志さん、また旅に出ちゃったとねぇ☂ またあたしに言う暇もないまんま、荒生田先輩に連れてかれたっちゃあ〜〜☃」
「あちゃあ〜〜っ☠」
由香の驚きも過剰気味であった。だがそれを指摘するならこの場にいる者全員、大なり小なり、受けた衝撃は同じ規模の感じでいた。
「せ、先輩……博美さんば置いてっちゃったんけぇ? それじゃあんまり無責任ってもんちゃよぉ!」
「まったくじゃわい♨♨」
孝治に調子を会わせてか。無論大門も、大激怒がとっくの昔に最高潮となっていた。
「もともとから大ウツケなやつだとは思うとったが、きょうと言うきょうは徹底的に見損なったわい! 今度帰ってきたら今度こそ、名刀『虎徹』の錆びにしてくれるわぁ♨☢✄」
ちなみに衛兵隊長が叫んでいる名刀『虎徹』とは、大門家に代々伝わっているらしい日本刀である。もちろんきょうだって、大門は腰のベルトにその刀を装着させていた(銃刀法違反)。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |