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『剣遊記12』

第七章 戦士はつらいよ、北九州立志篇。

     (4)

「荒生田先輩が結婚ばするとですかぁ?」

 

「そうだがね。で、くわしく話を訊いたら、相手はあの城野博美さんと言うがや」

 

 場所は店長執務室。最初黒崎から、サングラス先輩の決断を教えられたとき、孝治の反応は、かなりに平凡なシロモノだった。これはむしろ、驚き過ぎによる逆作用とも言えそうだ。

 

「ふぅ〜ん……嘘っちゃろ? あの豪傑の博美さんがけぇ?」

 

「いや、そうでもないがね」

 

 しかし店長の顔は、大真面目そのもの。

 

「僕も荒生田とは長い付き合いなんだが、あれほど真剣な荒生田を、正直言って今まで僕は一度も見たことないがや。だからこれは本物だと、僕が太鼓判を捺してもいいと思っているがや」

 

「うわっちぃ〜〜、それっちほんなこつ凄かっちゃですねぇ〜〜♋」

 

「もう♡ 孝治くんも、がばいめでたくしてあげんしゃいって♡」

 

 そこまで店長から言われては、孝治も深いうなずきを返すしかなかった。それどころか孝治よりも、執務室に同席している秘書の勝美のほうが、なぜか手放しの喜びようでいた。

 

 別にピクシーである彼女に、荒生田を祝ってあげる義理はないはずだが。

 

 だけど理由は、次のセリフにあった。

 

「私が思うに、博美さんやったら荒生田さんの抑え役……やなか☠ 相性のええ奥さんにピッタリばい♡ 荒生田さんが身ば固めたら、これで人間的にがばい落ち着くはずばい♥ やけんたい☀ そがんなったら孝治くんかて、もうやぐらしかごつ(佐賀弁で『うるさく』)追っ駆けられるっちゅうことものうなるばい☆」

 

「そ、そうけぇ……☆」

 

 それならば孝治にとっても、願ってもないラッキーな話である。

 

「そ、そうっちゃよねぇ♡ 先輩が家庭ば持ったら、もうおれば追っ駆け回す理由がのうなるっちゃけ☀ これにおれは、もっと早よう気ぃつくべきやったっちゃけぇ☆」

 

「方向性が少し違うようだが、とにかく孝治も荒生田と博美さんの結婚に賛成ってことでええがやか? それで式の段取りや手配なんかを僕が荒生田から頼まれてるんだが、孝治と友美君も協力してくれんかね」

 

 孝治の打算的な思惑は、この際黙認されたようである。ここで黒崎が軽く咳払いをしながら、執務室に呼んでいる孝治と友美(今まで黙っていた。ついでに涼子もいる)に、改めてそっと頭を下げた。

 

 これにもはや一も二もなく、孝治は一気の思いで飛びついた。

 

「そりゃもちろんですっちゃよ♡ もう大喜びで協力しちゃいますっちゃけねぇ☀」

 

「わたしも協力しますけね♡」

 

 友美も無論であろうが、異議はないようだった。しかし彼女はともかく孝治としては、荒生田の毒手から一日でも早く逃れたい――この一心のみであった。

 

 無論この程度である孝治の本心など、未来亭の店長は、とっくにお見通しのご様子でいた。孝治もわかってはいるのだが。

 

「そうか。とにかく協力に感謝するがや。孝治にもこれで、平和な日々が訪れるからなぁ」


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