『剣遊記12』 第七章 戦士はつらいよ、北九州立志篇。 (15) 「はっ、はっ、はぁぁぁぁっくしょぉぉぉぉぉぉい!」
ド派手な大クシャミが、サングラス戦士の快眠を中断させた。
「ん? 夢けぇ……☁」
目覚めると、今自分がいる場所は関門海峡を眼前の風景とした、渡航船乗り場の待合室。
なんのことはなかった。
とっくに遠くの世界。旅路へ行っていると未来亭の面々から思われていた荒生田は、まだ北九州市から、一歩も外へ出てはいなかったのだ。
旅立ちの寸前には、間違いないのだが。
「……にしても夢ん中っちゅうても、こんオレが二回もあの大門のおっさんばぶった斬ってやったちゅうんは、なんか幸先のええ気分っちゃねぇ♡」
などと当の大門が聞いたら頭から湯気を発して超激怒しそうなつぶやきを繰り返しつつ、荒生田は寝転がっていた待合室の長椅子から、ゆっくりと上半身を起き上がらせた。
周囲には同じ船を待つ客たちが、大勢いた。その全員が全員、サングラス戦士の突然の大クシャミにたまげているご様子。好奇と脅威の目線を、荒生田に向けていた。
もっともそのような状況など、荒生田は一向に気にしない性格なのだ。そこへいつもの相棒である、後輩魔術師の裕志が、待合室の外からドアを開けて入ってきた。
「先輩っ♡ 先輩が寝ちょう間に、船の切符ば買ってきましたっちゃよ☀ 出航はもうすぐやそうです☺」
裕志は早速、買ったばかりであろう二枚の切符の内の一枚を、先輩戦士に差し出した。ところが荒生田は切符には目もくれず、野暮ったそうに椅子から立ち上がるだけ。岸壁の見える窓際まで歩くと、裕志相手にポツリとささやいた。
「裕志……」
「はい、先輩……なんですけ?」
また偉そうな説教でも始めるっちゃろうか――と、後輩魔術師は軽く身構えた。
「男ってやつはなぁ……」
相変わらず荒生田の話は、かなりに回りくどそうな感じがした。
裕志は訊き返した。無視をしたらしばかれるので。
「はい、男ってやつは?」
荒生田の三白眼は、関門海峡に向いていた。
「男ってやつはなぁ、なにがなんでも志{こころざし}ば立てて生きんといけん、つれえ生きモンなんよねぇ♠ わかるけ裕志、そん『こころざし』ってのは、戦士の『士』に『心』って書く♣ つまり戦士の心ってもんちゃよ♦ オレはいつかてこん志ば立てるために、日本中ば放浪して歩く身の上なんちゃねぇ〜〜♦」
「先輩、そろそろ下関行きの船が出ますっちゃよ✈」
荒生田の長い御託など、裕志はまったく聞いていなかった。それよりもさっさと、旅立ちば始めてほしかっちゃねぇ――こればかりを考えていた。
その瞬間――いつもの恒例。
「こんバッケ野郎ぉーーっ! オレん話ばもっと真面目に聞かんけぇーーっ! お仕置きの四の字固めじゃーーい!」
「あ〜〜れぇ〜〜☠」
お笑いふたり組の怒声と悲鳴が、夜の帳{とばり}も近い関門海峡に響き渡った。
けっきょく絶対にカッコよくなれない戦士と魔術師の道中は、今回も、またこれからもなお、お馴染みの定番で繰り広げられていくのだろう。
今から港を出ようとしている帆船の銅鑼{どら}の音が、そんなふたりをにぎやかに包み込んでくれていた。
ジャン ジャン ジャン
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