『剣遊記12』 第七章 戦士はつらいよ、北九州立志篇。 (12) 「行っちゃったっちゃねぇ……博美さん♋」
今の孝治に言えるセリフは、このひと言に尽きていた。また大門も、唖然と感心が半々のような顔付きで、去り行く象と女戦士の背中を、ジッと眺め続けていた。
「あれが噂に聞いておった、海賊退治専門の城野博美とやらか☝ 噂に違わぬ、明朗活発そうな女子{おなご}じゃわい☺」
しかし未来亭には、これでまた新たに、やるべき仕事ができていた。その点を孝治は、黒崎に尋ねてみた。
「で、店長どげんします? 店ん中の飾り付けばほとんど出来上がってますっちゃけどぉ……主役のふたりが来んごとなって……?」
「そうだぎゃあなぁ?」
一応首を左にひねる仕草を見せてはくれたものの、黒崎の考えは、すでに決まっているようだった。
「仕方にゃーも、今夜はそれこそ主役の荒生田がおらんのだが、彼のために残念会ってことにしよう。そう言うわけですので、隊長殿もご参加お願いできますかな?」
黒崎から尋ねられた大門も、この申し出を断る表立った理由はないようだ。
「承知した♐ たまにはあの大馬鹿者のために酒を飲むのも良かろうて♠ あやつの涙酒の味、とくと味わってやるかいのぉ☻」
ついでにお伴で来ている砂津と井堀はと言えば、もろ手を挙げての喜びよう。
「やったっちゃねぇ☀ 理由はとにかく、酒が飲めるんやけぇ☆」
「ここは荒生田先輩に感謝ですっちゃあ♡」
この衛兵ふたりは、酒さえあれば大満足でいるみたい。
そんな話の成り行きの中、孝治は友美と涼子を相手に、そっと小さくつぶやいていた。
「大門隊長やなかっちゃけど、先輩の涙酒って、なんかしょっぱそうな味がしそうっちゃねぇ♋ 今ごろ裕志といっしょに、どこまで行っちょうことやら……っちゃよ✈」
これに友美が、孝治から少しだけ離れて酒場の窓際まで駆け寄り、そこから空を流れる雲を眺めながらで応えてくれた。
「そうっちゃねぇ〜〜、あれでけっこう足が速い人たちなんやけ、もうずっと遠くまで行っちょうことやろうねぇ〜〜✈」
涼子も友美の左に並んでいた。
『まあ、どこおるか知らんちゃけど、今ごろそーとー大きいクシャミばしちょうのは、間違いなかっち思うっちゃよ♡』
「そりゃそうっちゃね☆」
孝治もくすっと微笑みながら、友美と涼子の右横に並んだ。
夕暮れ近い赤味を帯びた西側の空には、鉛{なまり}色をした雲が、東の方向へと流れていた。
まっすぐに両手を伸ばしているような感じで。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |