『剣遊記12』 第七章 戦士はつらいよ、北九州立志篇。 (11) 物騒な刀の話は脇に置く。とにかく婚約発表の会場準備に励んでいた未来亭一同。これにて上へ下へ、右へ左への大騒ぎ。みんながみんな、荒生田の訳のわからない行動ぶりに、ある意味度肝を抜かれていた。
そんなところへ、パオーーッ――とだった。
「はいさい、やったーらばんないそれってやっしー☀」
象――ラリーの背中に跨っている女戦士の博美が、遠慮もなにもなしで急に登場してくれた。
本日未来亭は臨時休業中。なので象が店内に入ってきても、なにも問題はないのだ(ほんとけ?)。ところが博美は、店の中で現在起こっている騒動らしい状況に、なんだかとまどっている様子でもいた。
もちろん事の真相は、まだ知らないであろうけど。
「……い、いやあ、でーじなとん悪い悪い☺ 急にインドまで行くことになったんだからよー、ちょっといっぺー挨拶に来たんだばぁよぉ、やしが取り込み中ぬーやが?」
このとき、荒生田の突然の旅立ちに、ほとんど気を取られていた孝治であった。しかし博美の今のセリフで、ピンとくるものがあった。
「うわっち? 博美さん、インドに行くんけぇ? もしかしてぇ……なんやけどぉ……博美さんは荒生田先輩から、なんか言われんかったね? 例えば……まあ、やめとこ♋✄」
「ぬーやが?」
孝治からの問いかけに、博美は訳がわからない感じで首をひねっていた。ラリーの背中の上で。
「別になんもなかっただわけさー? ただラリーの花婿が見つかっただからよー、インドに行くっておれが言ったらやっしー、ちょっと淋しそうにしてたばぁよ✍ 確かにおれも淋しいけどよー☁ あんなに気が合ってたんだわけやっしー☁」
「わかった。そう言うことだがね。博美君のインド行きは、今が初耳なんだが」
「わかったっち……店長、早かっちゃよぉ♋」
質問をした孝治よりも先に、黒崎が納得の顔となっていた。孝治はかなり遅れた感じでいるのだが、さらに友美と涼子にも抜かれていた。
「なるほどぉ、そげんこつっちゃねぇ☞」
『荒生田先輩が、なんか可哀想ばぁい☂』
「うわっち! なんが可哀想なんけぇ?」
すでに物知り顔となっているふたりに、孝治は早速噛みついた。すると友美が孝治の右耳にそっと寄って、小さな声でささやくように教えてくれた。
「孝治もだいたいわかっちょうみたいやけど、荒生田先輩、フラれちゃったとよ☁ きっとプロポーズが博美さんの急なインド行きで空振りになっちゃったもんやけ……そのまんま旅に出る気になったっちゃね☁」
ここにきてようやく、孝治も納得。
「そうけぇ……先輩、フラれたんけぇ☹」
実は半分予想どおりだったとは言え、孝治は深いため息を禁じえなかった。
『まあ、鈍感な孝治かてわかるっちゃろうけど、たぶん荒生田先輩にとっては、けっこうショックやったっち思うっちゃよ☜』
かなり辛辣気味な涼子の言葉であったが、これにも孝治は、すなおに応じて返すしかできなかった。
「そうっちゃねぇ……☁」
そんな一同のざわめきも、あまり瞳には入っていないようだ。当の博美はあっけらかんとした笑顔を、店内に振り撒くだけでいた。
「だからよー、そう言うことでだわけさー☆ 港で船を待たせてるから、おれはこれでりっかするぜぇ✈ 日本に帰ってきたときやしが、そんときはまたお世話になるつもりやしが、そんときはよろしく頼むやっしー✌ とにかく人生、なんくるないさー✌」
それからラリーの背中に乗ったまま、未来亭の正面入り口から外の通りに出て、港のほうへと向かっていった。あとに口をあんぐりと開いたままでいる、孝治たちを残して。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |