『剣遊記\』 第六章 大海賊の落日。 (9) 「あれはなんち思うけ?」
海についてはそれほどくわしくないと言っていた帆柱が、海上の泡立ちを右手で指差し、孝治に尋ねた。しかし孝治も、あのような変わった泡立ちを見るのは、きょうが初めての経験だった。
「……わ、わかりましぇん☠ 永二郎が出てくるんやなかですか?」
永二郎と桂のふたりは、今も海賊の船を壊している真っ最中でいるはずである。だけどそれが終了し、いよいよ馬図亀の本船に挑むのかと、孝治は考えた。しかし友美が慎重そうな態度で、頭を横に振った。
「違うっちゃよ☢ 永二郎くんはあげな登場の仕方ばしたことなかっちゃけ⚠ もっと派手に潮ば吹き上げるっち思うっちゃけどぉ……⛇」
「じゃあ友美は、あれはなんち思うね?」
自分では気がついていないのだが、孝治は先輩と同じセリフで、友美に尋ね返した。
右手で泡立ちの方角を指差して。
そのとたん、泡立ちが自分から解答を示してくれた。
グギャオオオオオオン!
「うわっち!」
海面を割って、いきなりザババババアアアアアンンと躍り出た怪異な姿に、孝治は浜辺で腰を抜かした。
現われたモノは長い首であり、背中には一列のトゲ状の背ビレが並んだヘビ型の怪物だったのだ。
しかも巨大極まる大アゴには、その巨体に見合うだけの牙が、ゾロリと生えそろっていた。
怪物の突然な登場で、カッコ悪い格好を晒した孝治とは対照的。帆柱はさすがに歴戦の強者{つわもの}だった。
「シ―・サーペント{大海蛇}やったとかぁ……なしてあげなんがこげな場所におるとや?」
悠然と浜辺でシー・サーペントの全身像を見つめ、冷静に怪物の正体を見極めたうえ、すぐに状況も察知した。
「……なしてあげな化けモンが出たかは知らんとやが、さっきの爆発と関係しちょうのは間違いなさそうばいね♐ 恐らく海賊どもの切り札やろうけ☢」
それほどの貫禄を見せつける帆柱に、友美がやや怯え気味の顔付きで応じていた。
「そ……そげんですよねぇ♋ そうっちわかったら、早よこっから逃げたほうがよかやなかですかぁ?」
それでも友美は、孝治よりは度胸があると言えるかも。なにしろ孝治のほうはとくれば、いまだに腰が抜けたまま。しかもその格好で、浜辺にてオタオタしているだけ。
「うわっちぃうわっちぃ……☠☠☢☢」
このような醜態である孝治を、涼子がおもしろそうに見つめていた。
『……ったくぅ、だらしなかっちゃねぇ☻ シー・サーペントは毒ば持っとらんのやけ毒ヘビとは違うっちゃよ☛ たまに人ば食うらしいちゃけどね☠』
これにて面目丸潰れの孝治は、それでも『なん言うとね♨』の思いで、涼子に言葉を返してやった。しかしせいぜいが、次のような程度の低い代物だった。
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