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『剣遊記\』

第六章 大海賊の落日。

     (10)

 帆柱の考えは、すべての面において的中🎯であった。帆船の甲板では、望遠鏡で浜の様子を覗いている馬図亀が、ハッキリと声に出して高らかに笑っていた。

 

「げひひっ♡ これでええんや♡ 浜の連中は全員、俺様の『あいつ』のエサになってまうんやからなぁ!」

 

「首領! あとは『あいつ』におやっとさぁ(鹿児島弁で『ご苦労さん』)させて、おいどんらはこん隙に逃げるがぁ☆」

 

 船の舵を取る美蝿が、先ほどからしきりに馬図亀を急かしていた。

 

 美蝿が仕掛けた爆薬は、海賊が飼っていたシー・サーペントの、巨大な檻を壊すための用意だったのだ。しかし大事に飼っていた割には、彼らはシー・サーペントに愛称すら付けていなかった。

 

ただ『あいつ』と呼ぶだけで。

 

その理由なのだが海賊は、かねてからきょうのような災難に見舞われたとき、シー・サーペントを野――もとい海に放ち、追っ手を大混乱させる手段を準備。今回ついに、実行の機会が訪れたわけである。

 

「まあ、待てや✋」

 

 ここであせり気味である美蝿に馬図亀が振り向いて、ニヤニヤ笑いの顔で応じた。半魚人はこれでけっこう、喜怒哀楽が豊かであった。

 

「『あいつ』が浜の連中を食い尽くすとこを、もうちょっと見ておきたいんや☻ そやさかい、もうちっと待ってくれへんか……★」

 

「首領っ!」

 

 ところが馬図亀と向き合う美蝿の顔が、このとき一瞬にして、驚愕のものへと変わった。これには馬図亀のほうが、思いっきりにとまどい気味の表情となった。

 

「ど、どないしたんかい?」

 

 首領に応え、美蝿が鬼ヶ島の方向を、左手で指差した。ブルブルと震えながらで。

 

「あ、あんの野郎ぉ……☢」

 

「そやから、どないしたっちゅうとんのや?」

 

 なおも訝{いぶか}しがる馬図亀に向け、美蝿がズバリと答えた。

 

「『あいつ』が浜ん連中よか……じゃっどん、こっちん船に目ぇ付けよったでごわすとぉーーっ!」

 

「ぬわにぃーーっ!」

 

 馬図亀が元の島の方向に振り返ると、もう望遠鏡の必要がないぐらいまで、シー・サーペントが帆船に追い着いていた。

 

 どうやらシー・サーペントは、小粒以下にしか見えない孝治たちよりも、大型帆船のほうを、御馳走として選択したようだった。


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