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『剣遊記\』

第六章 大海賊の落日。

     (5)

 これは決して、コボルドが静香に情けをかけたわけではなかった。斧を振り下ろそうとした右腕を、誰かがいきなりガシッと鷲掴みにしたからだ。

 

「な、なんや! 痛たたたたたたっ! 痛いがなぁ!」

 

 それも大の男の片腕を、まるまる握り締めてしまうような、ケタ外れに巨大な握力が。

 

「ほんなこつこん場所は、おれやバードマンが戦うには、不利な場所やけねぇ〜〜☁」

 

 このとぼけた口調の持ち主は、静香が絶対に聞き間違えるなどしない、彼氏独特のものだった。

 

「進一さぁ♡」

 

 思わず甲高い声を出す静香の瞳の前には、コボルドの右腕をつかんでぶら下げている彼女の婚約者――魚町進一{うおまち しんいち}の巨体があった。ただし二階建ての建物と匹敵する身長なので、天井の低い洞窟の中では、さすがに動きにくそうに頭をしゃがめていた。

 

「進一さぁ♡ 来てくれたんだっぺぇ♡」

 

 なんの予告も脈絡もなしに、突然現われた最愛の許嫁の登場。まさに静香は狂喜乱舞の思い――なんだけど、一応訊いておきたい質問もあった。

 

「でも、どうしてさ……進一さぁがここさ来てくれたんかい?」

 

 これに魚町が答えた。

 

「……愛知県での仕事が終わって帰ってみたら、店長から静香が瀬戸内海の海賊退治ば行ったっち聞いてやねぇ……そんで……♠」

 

 魚町はその巨体にまったく似合わないぐらいに顔を赤くして、鼻の頭を左手でボリボリとかいた。だけれど静香は、それだけを答えてくれれば、もう充分以上であった。

 

「うれしいだぁ♡ 進一さぁ、あたしんためさに来てくれたんだにぃ♡♡♡」

 

 静香は脇目も振らず、魚町に飛びつこうとした。ところが魚町は、ここで強引に話をすり替えた。

 

「と、とにかく、海賊ばさっさと片付けるんばい! ここは戦いにくいとやけぇ!」

 

 そう言って、魚町は右手でコボルドをぶら下げたまま、いつの間にか自分たちを取り囲んでいる大勢の海賊の群れの中に、自慢の巨体を飛び込ませた。

 

「痛たたっ! 痛いやないかぁーーい! いつまでわいをつかんどる気なんやぁーーっ!」

 

 コボルドの叫びや泣き言など、自分の本心をごまかすことに腐心している魚町の耳には、もはやまったく届かなかった。さらに周りを取り囲む海賊たちも、あまりに突然な巨人{ジャイアント}(本当はふつうの人間)の出現に、ただもうビックリ仰天の有様でいた。

 

 そのときだった。

 

 洞窟全体に響き渡るような爆発音がドドーンと周囲に突然轟き、辺りが大きくガガガッと震動した。


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