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『剣遊記\』

第六章 大海賊の落日。

     (4)

 またまた少々時間を遡る(こればっか)。

 

 海賊の雑魚どもの始末は、正男と静香の役回りになっていた。

 

「がうるるるるっ!」

 

「痛え!」

 

 狼の正男がお尻にガブリと噛みつけば、下っ端海賊など、たちどころに戦意喪失。もともとワーウルフの底力には限界がなく、剣や槍で傷を受けても、あっと言う間に元どおりの自然治癒。海賊退治に出る前に言った正男のライカンスロープの生命力自慢は、決して伊達ではない。立派な根拠があるのだ。

 

 こんな調子で正男が敵を薙ぎ倒し、そのあとから静香が、トドメを刺して回るわけ。ただしトドメとは言っても、彼女の場合、極めて平和的な手段で実行していた。

 

「さあっ♪ 眠るんだにぃ♬」

 

 それは正男に噛まれて痛がる海賊の頭を、右手に持った金槌で、もろにガツンッと一撃。自分の名前のとおりに、静かにさせていた。

 

 金槌もまた、静香の戦闘アイテムのひとつらしい。またこれは、けっこう気楽な役回りとも言えた。しかし、新たに現われた海賊の兄貴分が、斧を振って静香に襲いかかってきた。

 

「この羽根女ぁ! わいらを舐めくさってからにぃ!」

 

「きゃあーーっ!」

 

 間一髪! 最初の一撃はなんとかかわし、数枚の白い羽根が散っただけで済んだ。だがこのせまい洞窟の中では、いつまでも逃げ切れるものではない。しかも一方の正男はといえば、こちらも海賊の新手集団から囲まれ、お互いに進退窮まっていた。

 

「……ちっとっつ叫んだだにぃ……まあず油断したみたいだんべぇ……☠」

 

 金槌を放り捨て、静香は戦士の勘を取り戻し、改めて剣を抜き直した。だがここでは、やはり静香の不利は否めなかった。

 

「なんが油断やぁ! さっきから好き放題やってケツカルくせにやなぁ! おれは女にゃ甘くねえんやから覚悟せえやぁ!」

 

 斧を構えた海賊は、ほとんど本気のモード中。おまけにそいつは、人間の体に犬科動物の頭を持つ、亜人間{デミ・ヒューマン}のコボルド{犬頭人}だった――とまあ、種族はともかく、そいつもさすがに海賊の一員でいた。なぜなら目付きも口振りも、まさに粗暴そのものでいたからだ。

 

 とにかくそいつが叫んだ。

 

「往生せえやぁーーっ!」

 

「きゃあーーっ!」

 

 コボルドが斧を振り上げ、今度は静香が悲鳴を上げた。

 

 その瞬間だった。

 

 なぜかそいつの腕が、ピタッと止まった。


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