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『剣遊記\』

第六章 大海賊の落日。

     (13)

 実際に戦いの流れは、永二郎のほうへと傾いていた。

 

 シー・サーペントもシャチも、言わば典型的な海の猛獣同士である。

 

 シー・サーペントがその長い体を活かして、シャチの体に巻きつこうとする。するとシャチの紡錘形――もしくは流線型の体型が、その攻撃をスラリとかわし、逆に相手を翻弄する。

 

 お互いの全長だけを比べれば、シー・サーペントはシャチの、優に五倍以上の大きさがあった。それが自分よりも小柄なシャチから弄{もてあそ}ばれる始末。そんなシー・サーペントの怒りが、瞬く間に頂点へと達していく様子が、海岸で高見の見物をしている孝治たちからも、嫌と言うほどに感じられた。

 

 そんなシー・サーペントの腹立ちまぎれであろうか、グギャゴオオオオオオオオオンンと高い声で吼えまくる。海上に頭を高く持ち上げて。

 

 そのままの体勢で、シー・サーペントが小癪なシャチがどこにいるのかと捜しているように、周囲の海面を見回した。

 

そこへいったい、いずれの方向から飛んできたのだろうか。一本のするどい短刀がグサッと、シー・サーペントの右眼に命中! 深々と突き刺さった。

 

これではたまらなくて当然。グギャアアアアアアアアアアアアッッと、シー・サーペントが悲鳴を上げた。するとその真下の海面から、バッシャアアアアアアアッと再びシャチが大ジャンプ! 下アゴに見事な二回目のアッパーカットを、ドカンと頭突きでブチかました。

 

二度の失敗を繰り返す。これこそ学習能力に乏しい、怪物の泣き所と言えそうだ。

 

無論永二郎はもちろんのこと。浜辺で見ている孝治や帆柱たちも、短刀にはまったく気づかないままでいた。

 

そのまま両者がザババババアアアアアアンンと、海中に躍り込む。またもや巨大なる波しぶき。そこで隙だらけとなったらしいシー・サーペントの長い尾に、永二郎が鋭い牙で喰らいつく!

 

シー・サーペントは確かに、全長ではシャチを遥かに上回っていた。しかし胴回りとなれば、逆にシャチよりも格段に細かった。

 

永二郎のズラリと生えそろった太い牙が、硬い鱗をものともせず、シー・サーペントの尾を見事、バリッと切断した。

 

爬虫類とはいえ、シー・サーペントはけっこう知能に優れた(学習能力はともかく)生物である。つまり頭が優れているほどに、逆に痛みに対する恐怖感も持ち合わせていた。

 

尻尾を斬られた激痛に、グギャガアアアアアアアアアッッと悲鳴を上げたシー・サーペントは、一気に戦意を喪失した模様。一目散に永二郎からの逃亡を図った。

 

早い話が瀬戸内海からの脱出。太平洋への逃走である。

 

シー・サーペント対ワーオルカの激闘は、永二郎の圧倒的大勝利で幕を閉じたのであった。


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