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『剣遊記[』

第五章 フェニックス作戦第一号。

     (7)

 先ほど三枝子が茂みに姿を隠したとき、涼子がこっそりあとを尾行していた話は、すでに前述済み。このとき三枝子は、鎧の懐から短刀を取り出して、幽霊でさえ瞳を背けるような行動を起こしていた。

 

 それは自分の左腕にブスッと傷を付け、流れ出した血を、白い布に含ませたのだ。

 

『きゃっ!』

 

 小さな悲鳴が聞こえなくて幸い。このあまりにも信じられない三枝子の振る舞いに、涼子はしばらくの間、彼女から瞳が離せなくなっていた。しかもさらに、驚くべき事態が進行した。

 

『傷が……消えようばい……♋』

 

 短刀で(少しだけど)切った腕の傷が、みるみると自然治癒をしていくのだ。それもまばたきを三回行なうくらいのわずかな時間で、三枝子の傷はその痕跡も残らないほど、見事完全に消滅していた。

 

『こ……これって、もしかして……やろっか?』

 

 幽霊のおののきなど、もとより聞こえるはずもないだろう。ところがなぜか三枝子は、まるで親切のように、独り言で涼子の疑問に答えてくれた。

 

「……半信半疑やったとやけど……♋」

 

 この付近の心境は、涼子にもだいたいわかるような気がしていた。声ん調子から考えたら、本心では一信九疑やったんやろうねぇ――と。

 

「やっぱりうちって、フェニックスと合体しとんやなぁ★ 痛みこそあるとばってん、こげん早ようケガが治るんやけねぇ✈」

 

『そげんことやったっちゃねぇ✍』

 

 涼子はこのとき確信した。彼女だけに見えた小型のフェニックスは、やはり三枝子の体に乗り移っていた――ということを。それがなんのためかと訊かれれば、三枝子との合体を行なう理由で。

 

 その証拠と言えるかどうかはわからないが、三枝子の自称も『あたし』から『うち』に変わっていた。もっともこれは、あとで友美と孝治も気がつく変化なのだが。

 

『やけんフェニックスの治癒能力が、三枝子さんに伝授されたっちゅうわけっちゃね☛』

 

 これでまたひとつ、涼子は他人の秘密を知ってしまったわけ。つまり悩みのタネが、また増えた状態となったのだ。

 

『どげんしょっかなぁ……こげな話ん場合、本人が絶対秘密にするとが話の定番なんやけ……孝治と友美ちゃんにも黙っちょうほうがよかやろっかなぁ……?』

 

 涼子がこのように頭をかかえているすぐそばでは、三枝子も同じく、悩みを口から洩らしていた。もっともこちらのほうは涼子と比べたら、かなり贅沢な悩みの感があった。

 

「でもぉ……これから格闘技の大会に出たときケガばしても、相手ん目ぇ前ですぐ治ってしもうたら……これってすっごう変に思われちゃうばい……どげんしよ……?」


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